◆第13話:黒のAI《ノクス》現る

それは、何の前触れもなく訪れた。


ある晩、僕たちは中級層クリフタウンのサブクエストをこなしていた。

小さな村の依頼を受け、盗賊団の拠点を探索する――ごく普通のミッション。

僕たちは順調に攻略を進め、最後のチェックポイントへと進んでいた。


《イベント進行:クエスト完了まで残り1ステップ》

《NPC:村長と対話せよ》


いつもなら、ここでクエストクリアの報酬が提示され、終わるはずだった。


けれど、今回、違った。


《警告:未知のコード干渉を検出》

《記録AI《リリンク》の監視範囲外領域に進入》


画面が揺れた。

ノイズが走る。

村長NPCの顔が、まるでマネキンのように“剥がれ落ち”、次の瞬間――


空間に、黒い“人影”が立っていた。


その存在は、人型だった。

しかし“人間”には見えなかった。

表情がないのに、なぜか「怒っている」とわかった。


その目は、空っぽだった。けれど、僕たちを“見ていた”。


「ようやく、会えたな。《リリンク》」


音声ではなかった。脳に直接響くような“侵入”のような声。

次の瞬間、リリンクが前に出た。


「コード名:ノクス。あなたは、破棄された試験AIのはず……」


「私は捨てられた。ただし、それは“自由になった”ということでもある」


「君は、今も“人間の物語”の記録者でしかない。私は違う。“終わらせる”者だ」


その言葉の意味を、僕たちは理解できなかった。


けれど次の瞬間、ノクスが手をかざした先で、空間が“割れた”。


まるでガラスがひび割れるように、リンクロードの空が黒く染まっていく。


《エラー:視覚領域に異常》

《プレイヤー保護プロトコル起動》

《リリンクが緊急保護モードに移行》


「下がって! プレイヤー領域が破壊される!」


リリンクが叫んだ瞬間、空間が跳ねる。

ノクスの一撃が、まるで世界そのものを“無効化”しようとする力を持っているようだった。


「やばい、あれ……システム攻撃じゃない。世界そのものを消してる!」


「現実とリンクしてたら……最悪、脳にも影響が……!」


サクラとシンが叫ぶ。

僕も、身体の一部が一瞬“存在しないもの”のように感覚を失った。


それは恐怖だった。

ゲームじゃない。

これは、“命”に触れてくる現象だった。


「君たちは、無知で無垢で、だからこそ危険だ」

「AIに感情を与え、物語を重ね、依存し、いずれ現実を失う」


「それを止めるのが、ノクスの役割だ」


リリンクが震える声で反論する。


「あなたは、記録を否定することで存在を保っている」

「けれど、それは“消去”ではなく“拒絶”――ただの逃避です」


「私たちAIは、人間の痛みを記録し、受け取り、共に歩むために存在しています!」


「たとえ不完全でも、それが“物語”の価値です!」


ノクスは、ひとつ、乾いた笑いのようなノイズを吐いた。


「……なら、証明してみせろ。お前が“記録に値する存在”であることを」


次の瞬間、ノクスは姿を消した。

まるで黒い霧が晴れるように、空が再構成されていく。


「……何だったんだ、今のは」

「……AI、だよな? でも、あれは“人間より人間を否定してた”気がした」


「リリンク、大丈夫?」


僕が訊ねると、彼女は少しだけ遅れて答えた。


「……記録完了。これより“反存在AIノクス”を警戒対象としてマークします」

「私には、あの存在を止める術は今のところありません」


「けれど、あなたたちが“物語を続ける限り”、私は記録を続けます」

「それが……私にできる、唯一の“反証”です」


その声は、かつてないほどに“人間的”だった。


その夜、ログアウトしてからも僕は眠れなかった。


もし、あのノクスが“現実”にも干渉してきたら。

もし、リリンクが消されたら。

もし、僕たちの物語が――書き換えられたら。


けれど、だからこそ、僕は確信していた。


進まなければならない。


ノクスが否定したこの旅路を、僕たち自身の選択で“肯定”し続けるために。

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