第2話 鏡
(はじめに)
これは第一話の続きです。あるいは別の(軽い)お話として読んでいただいてもかまいません(少し印象が違うかもしれませんが、ゆるく繋がっているとお考えください)。
ここで、この物語の背景を少し説明しようと思います。ハードSFではないので、設定のリアリティーにこだわる必要はないのですが、あまりにも〝嘘っぱち〟では情けないので……(もともと、それほど細かい設定をしていた分けではありませんが)
調査船〝スプーンアリス・X 〟(名前を決めました)は、銀河系の中心方向へ旅を続けている。
人類は宇宙の〝実理性と数理性の二面性〟に基づいた〝量子ブラックホール(トンネル)効果〟を利用して、相互関係にあるブラックホールを通り抜ける(都合の良い…いわゆるワームホール)航法、通信方法を確立していた。
だからと言って、瞬時に宇宙のどこへでも行けるわけではない。重力バランスを保つため、ミニブラックホール(ゲート)を設置、維持できる空間位置は限られていた。(要するに、好き勝手はできなかった)
人類は数千年をかけて、多くの星系にブラックホール(ゲート)の設置を進めてきた。既に存在しているブラックホールの配置、特性を利用して、その均衡位置に仮想ブラックホールを出現させる技術も得た(都合の良い理論だが、原理は聞かないでください…原理は解明できなくとも、応用技術の進歩、獲得は人類の得意分野だ。ただし利用できるブラックホールは、まだまだ少ない)。
人類は、はるか昔地球の地図(海図)を作りながら大洋に乗り出したように、現太陽系から少しづつ銀河系の深部へ航路を拡大しつつある。
わたしの名前は、ガラ・E・アリス(こちらも…名前を決めました)。〝スプーンアリス・X 〟に最初に乗り込んだ調査隊員の一人。新たなブラックホール航路の開拓と、資源調査、知的生命との接触、やがて必ず訪れる源太陽系消滅の危機に備えるため、人類存続の助けとなる(はずの)情報収集のため、旅を続けている。もう故郷の源太陽系へ戻ることはないだろう。
このあたりの詳しい設定を書き始めると、別の話になってしまいそうなので、これくらいにしておこう(実は、まだ設定ができていないと言うべきかもしれないが……)
今後も(不定期に)〝旅〟のエピソードは書こうかと思っています。いずれ重要なエピソードが書けるような気がします……
(2025/11/28)
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我々の〝量子
数ある光点の中の一点、眩く光を反射したかと思うと、やがて暗く翳る。興味深い特徴を見せる恒星系。この小さな太陽(恒星)を回る唯一の惑星に、調査母船(スプーンアリス・X )の広帯域カメラを向けた。太陽からの距離、約1億キロメートル、直径約3千キロメートル(故郷の太陽系の火星より少し小さい)惑星。わたしたちは、この惑星に引き付けられた。
母船は惑星上空の周回軌道に入った。惑星はピンクがかった大気に覆われ、地表のようすは見えない。
わたし(ガラ・E・アリス)は、ひとり用の調査艇に乗り、着陸を開始した。大気圏に向かって、しだいに高度を下げる。
「高度10万メートル」…「高度2万メートル」……
計器の音声が告げる。体が振動し始め、大気との摩擦が続く。
「高度1万メートル」
あたりは白く輝いた。薄いピンクに見えていた大気は、雲の層に入ると白から、そして薄いグレーへと色を変える。
「高度5千メートル」
突然、雲が晴れる。地表は間近にせまった。
緊急。突然、地表が消えた。(〝消えた〟って?)
「高度不明。高度不明」…「まもなく地表。まもなく地表」
警報が鳴り響いた。高度計の故障だろうか。
何が起きたのか? 艇はそのままの下降速度で、地表があるべき高さに飛び込んだ。緊急に減速したが、限界速度を超えていた。
高度計さえ正しく機能していれば、艇は自動的に滑らかに着陸したはずだったが…… 激しい衝撃が襲った。わたしは安全姿勢を取るのがやっとだった。
「ガラだいじょうぶか? こちら母船アリス。ガラたいじょうぶか? ガラ? ガラ……」(繰り返す、警報)
艇は止まった。
「下降停止。着陸確認」
「荒っぽい着陸になったが、だいじょうぶだ」
状況を確認する。
落ち着くと、呼吸が楽になった。
見ると、周囲には海が広がっている。いや、液体の海ではない。氷の海か?
「母船アリス。こちらガラ……」
報告を済ませた。(状況と無事を知らせた)
安全を確認した後、わたしは狭い着陸艇から外へ出た。
艇は、地表にめり込むように止まっていた。あたりにはひびが入り、破片が散らばっている。
なんと地表は鏡だ。しかも磨かれたような完璧な鏡。水平線(地平線)の果てまで、何一つない鏡面。鏡は、何らかの結晶(未知の物質)のようだ。どのような力が働いたら、こんな完全な鏡の惑星ができるのだろうか。
タラップの手すりをつかみ、地表に片足をそっと載せる。本能的に力を抜いてゆっくりと降り立った。その表面上を静かに歩く。
しばらく艇の周りを巡った。地表(鏡)の感触はしっかりしており、滑るようなこともない。心配はいらない。
脚の下に自分の体が映る。その影は常にわたしについてくる。並行感覚(上下感覚)が失われ、宙に浮いているようだ。しかも、もう一人の自分が下から見上げている。いや、上からか?
一見すると、ここには生命はいないようだ…と言うか、塵一つない。(艇に戻って、データを確認したとしても、それらしい記録はなかっただろう……)まったく静止した惑星のようだ。(母船がとらえた、生命の兆候は間違いだったのだろうか?)風も、音さえない惑星。
調査は早く切り上げ、艇の修理が終わったらすぐに離陸し、母船に戻ろう。
「こちらガラ。生命の兆候も痕跡もなし。詳細記録は……」
「艇の破損状況、確認済み……」
修理には、思ったより時間がかかった。自動修理機だけで不十分な箇所は、工具を使って手当てする必要があった。
時間がたつと、この驚異的な風景も退屈になり始めた。そのころ、わたしは常に誰かに見られているような気がしてきた。(そして、日ましに……)
気のせいだろうか? あるいは、この鏡による心理的影響だろうか、鏡の上では、恒にもう一人の自分に見られている。あるいは、私がもう一人の自分を見ているのだ。船からの観測によっても、怪しい兆候(現象)はないと聞いてはいるが…やはり早く戻ろう。
「だれ? 誰だ」(振り返り……)
夢を見た。
鏡の表面が、意思を持つようにゆっくりとうねり、水平線が動き始める。
やがて水平線は視線の高さを超える。世界が反転し、鏡の中へ落ちて行く。
「どこへ?」(わたしは、鏡に包み込まれるように回転した……)
目眩と共に、鏡の境界は一気に反転した。
「どこ?」
わたしは、別の世界にいる。ここは黒い光に覆われた世界。足元には白っぽい自分の影が映っている。
「ここは?」
鏡の裏に、故郷の地球の浜辺の景色が映ってるように見えた。体に波の音が伝わり、その優しい揺らぎの中に誘われ、わたしは眠りについた。
人類は、量子ブラックホール効果を利用した航法、通信方法により、広大な宇宙の〝時と空間(距離)〟の制約から解き放された…とはいえ、宇宙調査隊員となれば、家族を持つこと、地球との絆を保つことは難しい。いったん宇宙空間への旅に出てしまえば、もう過去(記憶の中に)存在する故郷の地球(現太陽系)へ帰ることはできない。
「あなたは、どうして
「君がいなくなり、わたしの居場所はなくなった」
「ごめんなさい……」
「君のせいじゃないことは……」
「でも、命にはいつか別れがある。わたしの心の傷……」
「そうね……」
「宙で、いつか……」
「……待っている……」
君の顔はもう見えない。
ハレーションのように銀化し、白い闇に浸食され。いつしか何者か、不気味な存在が、わたしの影から覗いている。どんなに振向いても、もうわたしの視界にとらえることはできない。
ただ、その不安だけが静電気の膜のように実感を伴い、皮膚の境界を超えて浸透してくる。触れる…触感。
……「どこへ、戻ったのか?」
私は急いで艇を離陸させ、宙へ登る。この惑星には本当に生命はないのだろうか? あらためて疑問が浮かんで、広がった。たとえデータが〝NO〟と言おうと。
わたしの影だけが、あの鏡の中にまだ残っているような気がする。
振り返る。完全な球形の鏡、完璧な惑星の中に、一点だけ白い傷のような穴と、穴から周囲に伸びる亀裂が見える。
そう、この艇が、わたしが残した傷跡だ。この傷は、これからずっと、この惑星が滅びるまで残るのだろうか。私の到来した記念として、あるいは私が残した汚点として。
わたしの心に残っている傷、記憶が交錯する…… やがて、消える時がくるのだろうか。その答えは(すでに…未来は過去となり、過去は未来となる)いつの時か、旅の先に、見い出す(思い出す)ことができるのだろうか。
(……待っている? 待っていてほしい ……)
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星 & the City アイス・アルジ @icevarge
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