星 & the City
アイス・アルジ
第1話 Welcome to the Star
✶星〔K〕
この星は白い結晶に覆われていた。角砂糖のような結晶を指でつまむと、小さな
大きめの結晶を、そうっと
ひんやりとした結晶に熱が伝わる。結晶は掌の中で姿が薄くなり、スーっと消え始めた。
「おーい、誰か?」どこかで呼び声が……
「どこから来たの?」……
別の結晶を手に取った。また結晶は崩れるように消え始める。
「君は誰?」……耳を澄ます。
……「とてもきれい……」 「フフフフッ……」
……かつて、この星に生きた人たちのつぶやきが結晶となり、ここに降り積もっている。
✶星〔T〕
白い部屋に入る。テーブルに肘をつき、傍らの椅子に、帽子をかぶった一人の白い男が座っている。
ここは、大きさの違う白い箱に埋め尽くされた部屋。テーブルの上にも小さな白い箱が積み重なっている。男は彫像のように動こうとしない。しっっとテーブルを見ている。音をたてないように、重なった箱の一番上の一つを取り、床に置いた。空き箱のように軽い。箱を持ったハンドスーツ越しの指先に触感は伝わらない。ハンドスーツを消し、指でじかに箱に触れた。少しザラっとした表面、どうやら紙ではない。薄く強度のある材質、くくーっと開いてみる。何の匂いもしない。中を覗くと、そこは白い空間、やはり空箱のようだ。
驚いたことに、椅子に座った男が立ち上がり、こちらを向いた。わたしは手を止め、声を出さないように目を向けた。男の顔に少し赤味がさしたように見える。息を止めて見つめた。再び男は動かなくなり、マネキンのように止まった。また別の箱を取り、そっと開けてみる。すると男は再び動き始める。帽子を頭から取り、大げさに踊るような挨拶を始めた。男はその形のまま、凍り付いたように止まった。帽子はグレーに色づいていた。
わたしはこの部屋を出ようと、先ほど入ってきた出口へ向かった。しかし、おかしなことに一向に近づかない。気が付いた、わたしの時が止まろうとしている。周りに現れた箱の蓋を、重い腕に気力を込め力任せにこじ開けた。その姿はスローモーションのように見えたことだろう。罠に
「フフフフッ……」 振り返ると男の笑い顔が空に消えたように感じた。
……この部屋の時は止まり、箱に詰まった時が積み重なっている。
わたしたちの船は次の星に向かった。途中で微弱な知的生命の兆候を観測した。観測結果を確認し、その星に進路を変更した。どうやら、その星の惑星には知的生命が住んでいるようだ。
✶Welcome to the city.
〝皆さんこんにちは、ザ・シティーにようこそ〟
この惑星の住人との面会がかなった日、ザ・シティーセンターに着いたわたしたちは、出迎えてくれた秘書にうながされ、市長との面会応接室へ向かった。秘書は、わたしたちとほぼ同じ背丈で、細いライムグリーンのスーツ姿。異形の容姿ではなく、好感が持てる、ほっとした。
「お名前は」
「私たちに名前はありません、#C123039です」 「秘書とお呼びください」
「残念ながら本日、市長との面会はできなくなりました」
「大変申しわけありません。代わりにザ・シティーセンターの案内をさせていただきますので、ロビーでしばらくお休みください」
「飲み物を用意いたしました」
白いクチクラ材質のグラスに注がれた、赤い液体が運ばれてきた。ウエイターは〝#C123039〟と瓜二つだった。
「#C123039さん、でしたね?」
「いえ違います、#C361004 給仕係です」 「さあどうぞ」
「これは?」
「最高級のフルーツキノコの果汁です」
「皆さんのお口に合うように、カクテルしてあります」
「毒性はありませんので、ご心配なさらずにお召し上がりください」
カクテルを手に取り、匂いを嗅いだ。少し香辛料のような、芯のある香りがする。一口飲んでみると確かに懐かしい、フルーツのような味がする。適度に冷やされたカクテルは、私たちの口に合うよう見事に調整されている。(どうやって調べたのだろうか?)
きらびやかに透き通る羽のような衣装を
「私は市長補佐です。市長からのメッセージがあります」
〝皆さん、改めてザ・シティーにようこそ。遠くの星より、はるばるお越しいただき、我々一体、心より嬉しく歓迎いたします。次の星に向かうまで、ここで疲れを癒し、愛を交わし、快適にお過ごしください〟
「それでは、入館証を着けていただきます」
案内係が一人ずつスプレーを吹きかけた。
「こちらへ」 うながされ、親愛の表現として市長補佐と顔を重ね、耳を触れ合った。(これが
灰色がかった大地、薄紫の菌糸の森を抜け、白い岩山のようなドームに吸い込まれ、高度に集約されたザ・シティーの驚異を目の当たりにした日から、交渉手続きを済ませ数日が過ぎていた。
わたしたちが訪れたザ・シティーの壮大な建造物、あらためてその内部にいることを実感した。曲線で構成された神殿のような空間。塵一つなく整えられており、未だに建設が続けられているようだ。一糸乱れぬ仕事ぶりのザ・シティー住人の姿にも、完成された社会の理想的な生命体の姿を見た思いがする。
翌日、市長に面会することができた。
「ようこそ、はじめまして」
「ゆっくりお休みになれましたか」
市長は市長補佐にまして背が高く、さらにきらびやかな銀白に輝く、透き通るような羽を重ねた衣装を纏っている。一人一人、昨日覚えたばかりの親愛の挨拶を交わした。市長は花粉と醗酵食品のような香りがした。決して不快な香りではなかった。
一人の秘書と目が合った。
「おはようございます、(昨日の)#C123039さんですか?」
「いえ、ちがいます、#C123039は去りました、お客様のことは承知しております」
―――
「昨日はお会いできず、大変失礼いたしました」 市長は静かに話をつづけた。
「子供たちの誕生がありましたので……」
「そうでしたか、それはおめでとうございます」
「わたしたちは、外交の先遣としてまいりました。ザ・シティーの皆さんと友好を深め、もっと理解し合いたいと思います」
「もちろん、私たちも交愛を望んでいます。しかし時が必要と思います」
「
「嗅、触? コードですか?」
「私たちの星では……」
…… 「説明が難しいので、識別係に確認させますので……」
「危害はありません。じっとしていていただければ……」
―――
耳の長い識別係は、体をなぞるように頭を動かした。
市長と何か話しているようだ。
「コードは読み取れましたが…… 非常にめずらしい……」
「皆さん別々のようですが、背後に共通触因子が読み取れました」
再び、識別係と言葉を交わした。
「登録しましたので、機密エリア以外は自由に出入りできます」
「なるべく秘書と一緒に行動することをお勧めします」
「こちらの秘書をおつけします」
「#C250470です、よろしくお願いいたします」
わたしは〝グリーンカラー〟と、密かにあだ名をつけた。なぜか故郷の庭に咲くカラーの花を思い出した…… (船の旅を続けていると緑の植物が、ふと恋しい……)
ある日、祝賀会が開かれた。わたしはふだんの隊員スーツではなく、故郷の星の伝統的服装に着替えた。ゆったりしたトーガのような衣装、久しぶりに故郷の香りに包まれた。種族の歴史と誇りが胸に宿る。
———
ザ・シティーセンターのエントランスを通ると、突然、警報が響き渡り、警備班に取り囲まれた。グリーンカラーが現れ、警備班とせわしく話を交わしている。わたしは身動きができず、警備班に取り囲まれた。やがて識別係が現れ、耳を何度も服装に触れた。識別係は警備班と言葉を交わし、納得したように警備が解かれた。
「おどろかせて申しわけありません」
「コードの再確認ができましたので、ご安心ください」
「初めての衣装ですね、お似合いです」
グリーンカラーから、人らしい(人ではないが)感情の言葉をかけられたのは初めてだった。
「ありがとうございます」と
彼(彼女)は相変わらず無表情だったが、なぜか微笑んだように感じた。
この宇宙の生命の言葉(コミュニケーション)ツールの基本は主に、音(振動)、色、匂い、形状(視覚)、凹凸(触覚)、電磁波。この星の住人は、昆虫種族の末裔のように〝匂い〟に敏感だと判明した。早く気づくべきだった。言葉でコミュニケーションできたため、見落としていたのはごく初歩的なミスだった。
わたしは物心ついた時から、この調査隊にいた。ここ、この船がわたしの星、調査隊員がわたしの家族、わたしが出会う異星人がわたしの友達。どんなに異形の姿でも、解り合えなくとも、いつか解りあえる時がくるだろう。
ほかのザ・シティー人と見た目の変わらないグリーンカラーだったが、時がたつうちに見分けがつくような気がしてきた。わたしはこの世界の裏(真)の姿が知りたくて、彼(彼女)に毎晩酒をすすめた。しかしいつも断られた。ここでは酒を飲む習慣はないのだろうか。
―――
「今日はいただきます」
初めて一緒に酒を飲んでくれた。今までなかなか話してくれない事も聞くことができるかもしれない。わたしたち二人は、耳を触れ合いながら酒を飲み交わした。生真面目なグリーンカラーは、決まったことばかりしか話さなかった。
彼女(なぜか彼女という気がしていた)は時々会話を止めて、耳を震わせた。これは感情の表れなのだろうか、やっと個人的な事を話してくれた。
「ここで働けることを光栄に思っています……」
「ですから、こうして酒を飲み交わす事もできるのです」 「私はもうすぐ去ります。明後日は特別な……」
明後日は特別なお祭りがあるようだ。これは絶好の機会だ。
「話してくれてどうもありがとう」
「感謝のしるしとしてこれをあげましょう」
わたしは、ピカピカに磨かれたスターエメラルドグリーンのペンダントを彼女の首に掛けた。
「ありがとうございます」
グリーンカラーはペンダントを耳に当て、なつかしい音を聞くように首を傾けた。
「市長殿、明日は特別なお祭りがあるとお聞きしました」 「どうか、観覧させていただけないでしょうか」
「それは…… 誰からお聞きになりましたか」
「そこにいる秘書の#C250470さんです」
「いえ、#C250470ではありません」 「#C250470は去りました」
「そうでしたか」
「……わかりました、何とかしましょう」 市長は願いに答えてくれた。
わたしたちは巨大なホールの一段と高い席に案内された。見下ろすと、その大きさに圧倒される。円形の天井のセンターには天窓が開き、自然光が差し込んでいる。ほとんど窓のないザ・シティーとしては珍しいことだ。やはり特別な儀式用の空間なのだろう。
おびただしい数の住人が集まっているが、一言も声は聞こえない。白い服装に白い帽子、会場全体が白一色に統一されている。わたしたちも用意された白い服と白い帽子を纏っている。わたしたちの体には合わないので、少し動きにくい。
やがて司祭の挨拶が始まったようだ、わたしたちには聞き取れない。隊列を組んだ人々の踊りが繰り広げられる。ザ・シティー人らしく、すっきりとした動きが続く。人々が取り巻いて、膝まずいて並んだ中央に、十数人の人が横たえられた。白い衣装、頭には赤い帽子をかぶり、眠っているようだ。白一色の中に、赤い色が奇妙に目立つ。
周りを取り巻いた人々は踊りをやめ、耳を震わせた。そのしぐさがホール全体に広がってゆく。周囲は異様な振動が取り巻き、波のように漂った。わたしは両手で耳を塞ぐように抑え、ただただ見つめた。横たえられた人々のなか、一人の首元で、光がキラリと反射して視界の中に輝いた。
「あれは」わたしが送ったペンダント! グリーンカラーにちがいない。
天窓から、一陣の
そして鋭い爪で
わたしとわたしたちは、息を飲んだ。
「! これは……」 葬送の儀式だ。
その後になって解ったことだが、ザ・シティー住民の一生は短い、せいぜい数か月だ。毎月、集団の誕生と、集団での葬送の儀式が行われている。市長や市長補佐、貴族などは特別に、数年の命を持っている。卵を産むのは市長夫人だけである。彼ら(彼女ら)の知識は共通意識のなかに記憶され、生まれるとすぐに触因子により共有され、引き継がれる。これは常に生まれ代わっているような人生だ。
集団生活に適した美しい種族、彼ら(彼女ら)の姿は皆瓜二つだ。生まれたときから決まった階級をもち、決まった仕事をする。そして決まった一生を送る。異星の住人である、わたしからのプレゼントをもらったのは、歴史上グリーンカラーが初めてのことだっただろう。彼女がプレゼントを受け取ってくれたのは、じつは驚くべきことだった。彼女はプレゼントの意味が解っていたのだろうか。彼らの愛は私たちと違い、忠誠に近いだろうか(しかし予想以上に、我々のように複雑な存在かもしれない)。本当に解り合うためには、長く、多くの時が必要だ。
わたしたちは調査を終え船に戻った。驚いたことに数日しか過ぎていなかった。ザ・シティーには一か月ほど滞在したはずなのに? どうやら、ザ・シティーの中では時の流れが加速されていたようだ。〝優先、友好的、要再調査〟報告書をまとめて送信した。
わたしたちにとって、とりわけ、わたしにとっては忘れられない出来事になった。
我々は、故郷の星〝地球〟で生まれた生命の末裔、どんなに離れた宇宙でも目に見えない量子の
さあ、次の星へ旅立とう。
―――後書:この物語は、何でもありの〝星〟の物語です。第2話も書きやすいと思いますが、今のところ未定です。なんとなく頭に浮かんでいるタイトルを書き留めておきます。〝竪琴の星〟〝羊水の海に浮かんで〟ふと、いつか書きたくなるかもしれません。
今回は、柴田 恭太朗さまの自主企画【三題噺 #96】「初歩」「観測」「末裔」にむけて、ほぼ完成していた作品を改訂したものです。この企画へは初めての参加です。(ゼロから三題噺を書くのは、少しハードルが高いですが、今後も挑戦してみようか?)お読みいただきありがとうございます。
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