その手紙、誰に書く?
私、
ませてるってよく言われるけど、別に普通だと思うな。
ただ、ちょっとだけ他の子より大人の話に興味があるだけ。
クラスでは、誰とでも仲良くするタイプ。
明るいし、勉強もまあまあできるし、運動もそこそこ。
そしてやっぱり、一番得意なのは、空気を読むことかな?
誰が今どんな気持ちなのか、なんとなく分かっちゃうんだよね。
だからたぶん、私って『しっかり者』ってやつなんだと思う。
──でも、一人だけよく分からない子がいる。
私と同じクラスの男子で、となりの席。
無口で、表情があんまり変わらなくて、でもなんかやさしい子。
最近、その清一郎くんが放課後に教室に残って、何かノートに書いてるんだよね。
誰もいない教室で、消しては書いて──もしかして……ラブレター!?
私のセンサーがピコンと反応した。
うん、絶対そうだ!!
あの様子は、絶対に誰かに想いを伝える文章を書いてる顔。
やだもう、誰!?
私の知ってる子? それとも他のクラスの誰か?
……いや、もしかして……。
(まさか、私に!?)
そんなわけで、私は今日もこっそり放課後の教室をのぞいてみることにした。
(ふっふっふ。さてさて……)
ドアのガラス越しに中をそっとのぞく。やっぱりいた。
清一郎くんは窓際の席で、また何かを書いている。
後ろ姿だけど、真剣そのものって感じ。
……でも、いざ顔を見てしまうと、胸がなんか苦しいような、くすぐったいような、変な気分になる。
(うーん。もうちょっとだけ近くで見たいな……)
あっ、そうだ!
となりの教室から、ベランダを使って近づいちゃう?
そんな事を考えていると──。
「……片桐さん?」
「ひゃっ!」
声をかけられてびっくりして、思いっきりドアに頭をぶつけちゃった。
「い、いたの? 清一郎くん」
「うん。さっきから気配がしてたから……どうかしたの?」
……うーん、ごまかしても無理そう。じゃあ、言っちゃえ。
「清一郎くん、最近放課後にずっと残ってるから……何してるのかなーって思って」
「そっか……」
清一郎くんは、少し黙ってからノートを閉じた。
「手紙、書いてるんだ。おばあちゃんに」
「……え?」
「来週、手術するんだって。大丈夫って言ってたけど……なんか、ちゃんと伝えたくて」
──想像してたのと全然ちがった。
なにそれ……すごく、いい話じゃん。
顔が熱くなるのを感じて、私はごまかすように口を開いた。
「……そっか。じゃあさ、手紙だけじゃなくて、何かプレゼントも一緒に渡したら? その方が、きっとおばあちゃんも嬉しいよ」
「プレゼント……」
「うん。一緒に探そうよ。学校、休みの日とか」
そういう流れで、家に帰ってからお母さんに提案してみた。
「ねえお母さん、今度の土曜日、清一郎くんとデパートに行ってもいい?」
「二人だけで?」
「うん。おばあちゃんへのプレゼントを探しに行くの」
お母さんは、ちょっとだけ考えてから言った。
「うーん……栞のことは信用してるけど、清一郎くんも優しい子だし。でも、やっぱり大人が一緒の方が安心かな」
「あっ、それ知ってる! コンプラってやつでしょ?」
「そうそう、コンプライアンスね」
「じゃあ、お母さんも来てよ。一緒にプレゼント選ぶ?」
「いいわよ。美味しいものも食べに行こっか」
約束の土曜日。私たちは3人でデパートに行った。
ぬいぐるみ、クッション、お茶、ひざかけ──ぐるぐる歩き回って、最終的に選んだのは、あったかい色のカーディガン。
ふわふわで、着心地も良さそうだった。
「これなら、おばあちゃんも使えるよね」
「うん。ありがとう」
清一郎くんが、はにかんだように笑った。
──あ、今のちょっと可愛いかも。
それから、フードコートでご飯を食べた。
お母さんはうどんで、私はちょっと気取ってパスタ。
清一郎くんは、たこ焼き。
「へえー。清一郎くんのご両親は、お仕事で家を空けることが多いのね」
「はい、そうなんです。でもおばあちゃんがいるから、平気」
口の端にソースを付けながら、清一郎くんはお母さんの質問に答えていた。
……大人って、そういうとこあるよね?
ちょっとデリカシーが欠けてると思う!
「偉いわあ、清一郎くん。……栞も、ちょっとは見習ったら?」
「よそはよそ、うちはうちでしょ? こういう時だけそういうの、ダブスタじゃん」
「だ、ダブスタって……。はあ、誰に似たんだろ」
機嫌が悪くなった私は、パスタをフォークでくるくる巻いて、むしゃっと口に詰め込んだ。
……でも、清一郎くんがこっち見てるのに気づいて、あわててお上品に食べ直した。
帰りの車の中では、私も清一郎くんも、気づいたら眠っちゃってた。
降りるとき、どっちもふにゃふにゃで、お母さんが笑ってた。
そして月曜日、お母さんが車で病院まで送ってくれた。
面会はOKが出て、とりあえず一安心。
お母さんは一階の待合室で、待ってるって。
「栞、私の分もおばあちゃんのこと、ちゃんと元気づけてきてね」
「うん」
誠一郎くんと二人で病室に入ると、おばあちゃんはベッドの上で静かに本を読んでいた。
「まあ、清一郎! 来てくれたのね……あら?」
視線が、私の方にぴたっと向けられる。
「ふふ、可愛い彼女さんねぇ」
「ち、ちがいますから!!」
……病院ではお静かに。
思わず、大きな声が出ちゃった。
となりの清一郎くんは、顔を赤くして──知らんぷりしてた。
おばあちゃんはそんな私たちを見て、目を細めて笑っていた。
手紙とカーディガンを渡すと、おばあちゃんはとても嬉しそうにお礼を言ってくれた。
帰り道の車の中。
夕焼けに染まる町を眺めながら、清一郎くんがぽつりと呟いた。
「……また、手紙書いてみようかな」
「へえ、いいね。今度は誰に書くの?」
「……じゃあ、片桐さんとか」
「えっ!? な、なんで私!?」
「? 今日の、お礼だけど」
「あっ! な、なるほど……」
そんなの、流れで分かるじゃん!
……そっか。ませてるって、こういうことかあ……。
「おーおー。青春してますなあ」
「お母さんは運転に集中してて!」
もう少し、小学生らしく生きてもいいなと思った。
大人になればいろいろ出来るけど、今しか出来ないこともきっとあるから。
お願いだから、嫌いって言って 桐沢清玄 @kiri-haru
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