その手紙、誰に書く?

 私、片桐栞かたぎりしおり。小学5年生の11歳。

 ませてるってよく言われるけど、別に普通だと思うな。

 ただ、ちょっとだけ他の子より大人の話に興味があるだけ。


 クラスでは、誰とでも仲良くするタイプ。

 明るいし、勉強もまあまあできるし、運動もそこそこ。


 そしてやっぱり、一番得意なのは、空気を読むことかな?

 誰が今どんな気持ちなのか、なんとなく分かっちゃうんだよね。

 だからたぶん、私って『しっかり者』ってやつなんだと思う。


 ──でも、一人だけよく分からない子がいる。


 立花清一郎たちばなせいいちろうくん。

 私と同じクラスの男子で、となりの席。

 無口で、表情があんまり変わらなくて、でもなんかやさしい子。


 最近、その清一郎くんが放課後に教室に残って、何かノートに書いてるんだよね。

 誰もいない教室で、消しては書いて──もしかして……ラブレター!?


 私のセンサーがピコンと反応した。


 うん、絶対そうだ!!

 あの様子は、絶対に誰かに想いを伝える文章を書いてる顔。


 やだもう、誰!?

 私の知ってる子? それとも他のクラスの誰か? 

 ……いや、もしかして……。


(まさか、私に!?)


 そんなわけで、私は今日もこっそり放課後の教室をのぞいてみることにした。




(ふっふっふ。さてさて……)


 ドアのガラス越しに中をそっとのぞく。やっぱりいた。

 清一郎くんは窓際の席で、また何かを書いている。

 後ろ姿だけど、真剣そのものって感じ。


 ……でも、いざ顔を見てしまうと、胸がなんか苦しいような、くすぐったいような、変な気分になる。


(うーん。もうちょっとだけ近くで見たいな……)


 あっ、そうだ!

 となりの教室から、ベランダを使って近づいちゃう?

 そんな事を考えていると──。


「……片桐さん?」


「ひゃっ!」


 声をかけられてびっくりして、思いっきりドアに頭をぶつけちゃった。


「い、いたの? 清一郎くん」


「うん。さっきから気配がしてたから……どうかしたの?」


 ……うーん、ごまかしても無理そう。じゃあ、言っちゃえ。


「清一郎くん、最近放課後にずっと残ってるから……何してるのかなーって思って」


「そっか……」


 清一郎くんは、少し黙ってからノートを閉じた。


「手紙、書いてるんだ。おばあちゃんに」


「……え?」


「来週、手術するんだって。大丈夫って言ってたけど……なんか、ちゃんと伝えたくて」


 ──想像してたのと全然ちがった。

 なにそれ……すごく、いい話じゃん。


 顔が熱くなるのを感じて、私はごまかすように口を開いた。 


「……そっか。じゃあさ、手紙だけじゃなくて、何かプレゼントも一緒に渡したら? その方が、きっとおばあちゃんも嬉しいよ」


「プレゼント……」


「うん。一緒に探そうよ。学校、休みの日とか」




 そういう流れで、家に帰ってからお母さんに提案してみた。


「ねえお母さん、今度の土曜日、清一郎くんとデパートに行ってもいい?」


「二人だけで?」


「うん。おばあちゃんへのプレゼントを探しに行くの」


 お母さんは、ちょっとだけ考えてから言った。


「うーん……栞のことは信用してるけど、清一郎くんも優しい子だし。でも、やっぱり大人が一緒の方が安心かな」


「あっ、それ知ってる! コンプラってやつでしょ?」


「そうそう、コンプライアンスね」


「じゃあ、お母さんも来てよ。一緒にプレゼント選ぶ?」


「いいわよ。美味しいものも食べに行こっか」




 約束の土曜日。私たちは3人でデパートに行った。


 ぬいぐるみ、クッション、お茶、ひざかけ──ぐるぐる歩き回って、最終的に選んだのは、あったかい色のカーディガン。

 ふわふわで、着心地も良さそうだった。


「これなら、おばあちゃんも使えるよね」


「うん。ありがとう」


 清一郎くんが、はにかんだように笑った。

 ──あ、今のちょっと可愛いかも。


 それから、フードコートでご飯を食べた。

 お母さんはうどんで、私はちょっと気取ってパスタ。

 清一郎くんは、たこ焼き。


「へえー。清一郎くんのご両親は、お仕事で家を空けることが多いのね」


「はい、そうなんです。でもおばあちゃんがいるから、平気」


 口の端にソースを付けながら、清一郎くんはお母さんの質問に答えていた。

 ……大人って、そういうとこあるよね?

 ちょっとデリカシーが欠けてると思う!


「偉いわあ、清一郎くん。……栞も、ちょっとは見習ったら?」


「よそはよそ、うちはうちでしょ? こういう時だけそういうの、ダブスタじゃん」


「だ、ダブスタって……。はあ、誰に似たんだろ」


 機嫌が悪くなった私は、パスタをフォークでくるくる巻いて、むしゃっと口に詰め込んだ。

 ……でも、清一郎くんがこっち見てるのに気づいて、あわててお上品に食べ直した。


 帰りの車の中では、私も清一郎くんも、気づいたら眠っちゃってた。

 降りるとき、どっちもふにゃふにゃで、お母さんが笑ってた。

 



 そして月曜日、お母さんが車で病院まで送ってくれた。

 面会はOKが出て、とりあえず一安心。

 お母さんは一階の待合室で、待ってるって。


「栞、私の分もおばあちゃんのこと、ちゃんと元気づけてきてね」


「うん」


 誠一郎くんと二人で病室に入ると、おばあちゃんはベッドの上で静かに本を読んでいた。


「まあ、清一郎! 来てくれたのね……あら?」


 視線が、私の方にぴたっと向けられる。


「ふふ、可愛い彼女さんねぇ」


「ち、ちがいますから!!」


 ……病院ではお静かに。

 思わず、大きな声が出ちゃった。


 となりの清一郎くんは、顔を赤くして──知らんぷりしてた。


 おばあちゃんはそんな私たちを見て、目を細めて笑っていた。

 手紙とカーディガンを渡すと、おばあちゃんはとても嬉しそうにお礼を言ってくれた。




 帰り道の車の中。

 夕焼けに染まる町を眺めながら、清一郎くんがぽつりと呟いた。


「……また、手紙書いてみようかな」


「へえ、いいね。今度は誰に書くの?」


「……じゃあ、片桐さんとか」


「えっ!? な、なんで私!?」


「? 今日の、お礼だけど」


「あっ! な、なるほど……」


 そんなの、流れで分かるじゃん!

 ……そっか。ませてるって、こういうことかあ……。


「おーおー。青春してますなあ」


「お母さんは運転に集中してて!」


 もう少し、小学生らしく生きてもいいなと思った。

 大人になればいろいろ出来るけど、今しか出来ないこともきっとあるから。 

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