第9話  覚えていてくれたのは

ヒナの手の中で、星がかすかに光を放つ。

その中で笑うサキの顔は、どこか切なく、どこか――ヒナ自身に似ていた。

(あのとき……私は本当に“未来”を売ったの? それとも……奪ったの?)

星売りの男は、やさしい声で言った。

「あなたが選んだ願いは、“誰にも覚えられない未来”。

あなたが誰かになるたびに、前のあなたは、星の中にしまわれていく」

ヒナの頭の中で、かすれた声が響いた。

――カレン。

――サキ。

――偽ヒナ。

みんな、どこへ行ったの?

星売りの男は、もうひとつ星を差し出した。

「最後の取引です。この星を、握りつぶすか、空へ放つか――」

ヒナの目の前で、星がゆっくりと脈打つ。

中には、小さな女の子が映っていた。

白いワンピース、短い髪、まだ幼い笑顔。

けれどヒナは、その顔を知っていた。

(……わたし?)

その瞬間、ヒナの耳元に、あの声がささやいた。

「その子は、“あなたが星を売る前の、最後のあなた”よ」

「さあ、どうする? 壊せば全部なかったことになる。放せば、元に戻るかもしれない」

ヒナの手が震える。

目を閉じる。

深く息を吸って――

――放した。

星がふわりと宙を舞い、夜空へ溶けていく。

光が遠ざかるそのとき、誰かの声が聞こえた。

「ありがとう、ヒナ。これで、わたし……」

しかし、その最後の言葉は届く前に途切れた。

ヒナが目を開けると、見知らぬ教室に座っていた。

制服も違う。周囲の誰も知らない顔。

けれど、机の上の名札だけが教えてくれた。

________________________________________

「星乃サキ」

________________________________________

「……え?」

その瞬間、教室の窓の外に、星がひとつだけ流れた。

けれどヒナは、いや、サキは――それを見て「懐かしい」と思った。

何か、大切なものを……忘れた気がした。

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