第3話 最初の契約者、リリア
少女の名はリリアと言った。ケンが身柄を引き受け、安宿の一室に連れて行くと、彼女は警戒心を解かずに部屋の隅でうずくまっていた。ケンはまず、熱いスープとパンを与えた。リリアは最初こそためらっていたが、やがて空腹には勝てず、夢中で食べ始めた。
「落ち着いたか?」
食事が一段落したのを見計らって、ケンは優しく声をかけた。リリアはこくりと頷いたが、まだケンを真っ直ぐには見ようとしない。
「俺はケン。見ての通り、旅の者だ。君を助けたのは、別に下心があるわけじゃない」
「……」
「君がパンを盗んだのは、生きるためだったんだろう?」
リリアは、びくりと肩を震わせた。そして、小さな声で答えた。
「…お母さんが病気で…薬を買うお金も、食べるものもなくて…私が働くしかないのに、仕事も見つからなくて…」
俯くリリアの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
ケンは静かにリリアの話を聞いた。彼女は元々、小さな村で母親と二人で暮らしていたが、数ヶ月前に母親が原因不明の病に倒れ、治療費と薬代のために町に出てきたのだという。しかし、何の技能も持たない少女に、まともな仕事が見つかるはずもなかった。
(典型的なケースだ…だが、彼女には「働く意志」がある)
ケンは、自分の計画をリリアに話すことにした。
「リリア、君に一つ提案がある。少し変わった仕事のやり方なんだが…」
ケンは、「奴隷契約」という言葉は伏せつつ、自分が考えているシステムの概要を説明した。
「君と、君を雇ってくれる人との間に、特別な契約を結ぶ。その契約は絶対で、双方が守らなければならない。君は、決められた期間、真面目に働く。その代わり、雇い主は君に正当な報酬と、安全な労働環境を保証する。そして、その契約期間が終われば、君は自由だ。もちろん、契約の仲介は私が行い、君が不利にならないように最大限配慮する」
リリアは、戸惑った表情でケンを見つめた。
「それって…まるで、奴隷みたい…」
「言葉は悪いかもしれない。だが、考えてみてくれ。今の君に、安定した仕事と収入を得る手段があるか? この契約は、君を搾取から守り、確実に報酬を得ることを保証するものだ。そして、契約期間が終われば、君は経験と、あるいはいくらかの貯金も手に入れられるかもしれない」
ケンは、前世で培った交渉術を駆使し、リリアにメリットとデメリットを丁寧に説明した。特に、契約の絶対性と、それによって雇用主側の不正も防げる点を強調した。
「もし、君が同意してくれるなら、私は君のために全力で仕事を探す。君の母親の薬代も、それで稼げるかもしれない」
その言葉に、リリアの目が揺れた。
「…本当に? 私みたいな、盗みまでした人間でも…?」
「過去は関係ない。重要なのは、これからどうするかだ。君に働く意志があるなら、私はそれをサポートしたい」
数時間の長い対話の末、リリアは震える声で答えた。
「…やります。ケンさんの言うことを信じます。私に、働くチャンスをください」
その言葉を聞いて、ケンは静かに頷いた。
「分かった。では、契約を結ぼう。これは、君と私、そして未来の君の雇い主との間の、神聖な約束だ」
ケンは右手をリリアの額にかざした。心の中で「奴隷契約」の術式を起動する。
【対象:リリア。契約形態:奉仕労働。期間:一年。基本報酬:銀貨月額五枚。労働条件:週休一日、一日実働八時間以内。食事住居は雇用主が提供。特記事項:リリアの母親の薬代として、月額報酬から銀貨一枚を別途支給。契約違反時のペナルティ:双方に激痛。契約解除権限:ケン・アシュトン】
ケンの頭の中に、契約内容が明確に浮かび上がる。彼はそれをリリアに丁寧に説明した。特に、報酬、労働時間、休日、そして母親の薬代について。
「これでいいか? 何か不満な点や、追加したい条件はあるか?」
リリアは、契約内容の細かさと、自分に不利な点がほとんどないことに驚いていた。月額銀貨五枚というのは、未熟な少女が得る報酬としては破格だった。さらに、母親の薬代まで考慮されている。
「…はい。これで…お願いします」
リリアが同意した瞬間、彼女とケンの間に淡い光のラインが一瞬だけ繋がったように見えた。そして、リリアは何かを感じ取ったように、自分の胸を押さえた。
「なんだか…胸のあたりが、少しだけ温かいような…そして、ケンさんの言葉が、すごく重く感じます…」
「それが契約の証だ。これから一年間、君はこの契約に縛られる。だが、それは同時に、君が守られるということでもある」
こうして、ケン・アシュトンにとって最初の「契約タレント」が誕生した。彼はリリアに、奴隷ではなく「タレント」という呼称を使うことを提案し、リリアもそれに同意した。
(さて、問題は次だ。リリアの能力に見合った、そしてこの契約条件を呑んでくれる雇用主を見つけなければ…)
ケンは、アルテナの町で、リリアの働き口を探し始めた。
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