第4話 最初の顧客、そして「ホワイト」な船出

リリアという最初の「タレント」を得たケンは、次なるステップ、すなわち彼女の「顧客(クライアント)」を見つけるために奔走を開始した。彼はリリアから丁寧に聞き取りを行い、彼女の得意なこと、不得意なこと、そして何よりも彼女が何をしたいのかを把握しようと努めた。リリアは読み書きこそできなかったが、手先が器用で、掃除や洗濯、簡単な料理ならばこなせること、そして何よりも真面目で辛抱強い性格であることが分かった。


(家事手伝い、あるいは商店の雑用あたりが適しているか…)


ケンは、アルテナの町で比較的評判の良い商店や、人手を欲していそうな裕福な家庭をリストアップし、一軒一軒訪ね歩いた。しかし、彼の提案は、最初はことごとく門前払いだった。

「契約労働者? なんだそれは? 要するに奴隷だろう?」

「身元も知れん小娘を、魔法の契約だか何だかで縛ったから安心しろだと? ふざけるな!」

「うちは間に合っている。よそへ行ってくれ」


「奴隷」という言葉の持つ負のイメージは想像以上に根強く、ケンの説明に真剣に耳を傾けてくれる者は少なかった。それでもケンは諦めなかった。前世の営業で培った粘り強さと、誠実な態度で説明を続けた。


「私が提案するのは、従来の奴隷制度とは全く異なります。タレント(労働者)は、明確に定められた労働条件と報酬を保証されます。そして、雇用主様もまた、契約期間中のタレントの誠実な労働を保証されるのです。これは、双方にとって利益のある、新しい形の雇用契約なのです」


何日もかけて町を歩き回り、ようやく一人の人物がケンの話に興味を示した。アルテナの町で小さなパン屋を営む、初老の女性、マーサだった。彼女は数ヶ月前に夫を亡くし、一人で店を切り盛りしていたが、最近体力の衰えを感じ、人手が欲しいと考えていたところだった。しかし、信頼できる働き手を見つけるのは難しく、かといって従来の奴隷を使うことには抵抗があった。


「お前さんの言う『契約タレント』というのは、本当に逃げ出したり、怠けたりしないのかい?」

マーサは、カウンター越しに鋭い目でケンを見据えた。

「はい。契約は絶対です。タレントが契約に違反する行為を行おうとすれば、激しい苦痛を伴います。同様に、雇用主様が契約に反して不当な扱いをしたり、報酬を支払わなかったりすることもできません」

「ふむ…」マーサは腕を組んだ。「そのリリアとかいう娘は、どんな子なんだい?」

ケンは、リリアの人となり、境遇、そして働く意欲について正直に話した。パンを盗んだ過去も隠さなかった。マーサは黙って聞いていたが、やがてぽつりと言った。

「…一度、会ってみるかね」


ケンは急いでリリアをマーサのパン屋へ連れて行った。リリアは緊張で顔をこわばらせていたが、ケンに促され、一生懸命自己紹介をした。マーサはリリアの細い腕や、おどおどした態度をじっと観察していたが、やがてパン窯の掃除を指差して言った。

「あそこを掃除してみておくれ。やり方は…そうさね、まずは灰を掻き出して…」

リリアは、マーサの指示通りに、慣れない手つきながらも一生懸命に掃除を始めた。その姿を、マーサは黙って見守っていた。


一時間ほど経ち、リリアが汗だくになって掃除を終えると、マーサは一つ頷いた。

「…まあ、不器用だけど、真面目そうではあるね」

そして、ケンに向き直り、言った。

「分かった。その『契約タレント』とやら、試してみようじゃないか。ただし、条件がある。最初のひと月は試用期間だ。もし、使い物にならないと判断したら、契約は解除させてもらうよ。もちろん、その間の報酬は支払うがね」


ケンは、マーサの提案に感謝しつつも、契約の原則を説明した。

「マーサ様、ありがとうございます。しかし、一度契約を結ぶと、期間満了か、あるいは私、ケンの判断がなければ解除はできません。試用期間という形での短期契約は可能ですが、その期間中の途中解除は、タレント側に重大な非がない限り難しいのです」

マーサは少し驚いた顔をしたが、やがてニヤリと笑った。

「へえ、雇い主にも厳しいんだね、その契約は。面白いじゃないか。分かったよ、それなら最初の契約期間は三ヶ月にしよう。それで問題なければ、その後は一年契約で更新ということでどうだい?」

「はい、それで結構です。リリア、君もそれでいいかな?」

リリアは、緊張しながらも力強く頷いた。

「はい! 一生懸命働きます!」


こうして、ケン、リリア、そしてマーサの間で、三者間の契約が結ばれることになった。ケンは術式を発動し、リリアとマーサの間に「奴隷契約」を成立させた。契約内容は、リリアと最初に結んだものをベースに、雇用主としてマーサの名前とパン屋での業務内容を明記し、契約期間を三ヶ月とした。


契約が成立した瞬間、リリアとマーサは、それぞれ不思議な感覚を覚えた。

「おお…なんだか、この娘が急に身近に感じられるよ。そして、下手に扱ったら酷い目に遭いそうだという気もするねえ」マーサは冗談めかして笑った。

リリアもまた、「マーサさんの期待に応えなきゃいけないって、強く思います」と、決意を新たにした表情で言った。


ケンは、二人に対して改めて契約内容の遵守を念押しし、定期的にリリアの様子を見に来ることを約束した。

「マーサ様、リリアをよろしくお願いします。リリア、マーサさんの下でしっかりと働き、多くを学ぶんだぞ」


パン屋を後にしたケンは、大きな達成感と、同時に強い責任感を感じていた。

(これが第一歩だ。ホワイトな奴隷商…いや、「人材派遣業」としての、俺の異世界での挑戦が、今、始まったんだ)


リリアは、マーサのパン屋で働き始めた。最初は戸惑うことも多かったが、持ち前の真面目さと、ケンの契約による「働く意志」の補強もあってか、みるみるうちに仕事を覚えていった。マーサもまた、契約によって保証されたリリアの労働力に満足し、また、リリアの境遇を知ってからは、母親のように親身になって接するようになった。リリアの母親の薬代も、ケンの仲介でマーサから毎月確実に支払われ、母親の病状も少しずつ快方に向かっていった。


ケンは、定期的にパン屋を訪れ、リリアとマーサ双方から話を聞き、問題があれば調整役を務めた。彼のきめ細やかなサポートは、マーサからの信頼を勝ち取り、彼女は他の商人仲間にもケンの「契約タレント」の評判を広めてくれるようになった。


それは、異世界における「人材派遣業」という、前代未聞のビジネスモデルが、確かに機能し始めた瞬間だった。ケンの前には、まだ多くの困難が待ち受けているだろう。しかし、彼の瞳には、確かな希望の光が灯っていた。高橋健一として培った経験と、ケン・アシュトンとして得た新たな力が、今、この異世界で大きなうねりを生み出そうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る