第二章「暗躍するエンプレス・モフと多大なる被害者たち(かわいそう)」
第7話「アストライア祭へ向けて」
対魔獣防衛機構『ガーディアンズ』が、万里小路聖歌を「エンプレス・モフ」として極秘裏に最重要警戒対象に認定し、水面下で壮大な、そして今のところ空振りばかりの監視作戦を開始した頃。
当の聖歌は、そんな世界の裏側の動きなど全く知る由もなく、聖アストライア女学園での優雅な日々を満喫していた。
彼女の頭の中は、来るべき学園祭「アストライア祭」の準備と、セバスチャンを通じて少しずつ集まってくるザ・ワン様に関する「大型野生動物の飼育環境レポート」の熟読、そしてもちろん、愛するもふアンのブラッシングで一杯であった。
秋の気配が色濃くなってきた聖アストライア女学園では、「アストライア祭」の準備が本格化していた。
高等部二年星組の教室では、先日聖歌が提案した「クラス対抗・学園マスコット創作コンテスト」に向けて、クラス全員で巨大なマスコットの制作に取り組んでいた。
そして、そのマスコットのデザインを担当したのは、もちろん万里小路聖歌その人である。
「皆様、こちらがわたくしがデザインいたしました、わたくしたち星組の誇るべきマスコット、『
聖歌が、大きなケント紙に描かれたデザイン画を披露すると、教室は一瞬の静寂の後、大きな歓声とため息に包まれた。
そこに描かれていたのは、体長2メートルはあろうかという、四足歩行の幻想的な獣だった。夜空を溶かし込んだかのような深い藍色の毛皮は、星々を散りばめたようにキラキラと輝き、ふさふさとした豊かな尻尾は、まるで彗星の尾のよう。頭部には三日月の形をした小さな角が愛らしく生え、大きな瞳は慈愛に満ちた黄金色。そして何よりも、その全身から溢れ出すような「もふもふ感」は、見る者の心を鷲掴みにする圧倒的な魅力があった。
「か、可愛い……! なんて神々しくて、そして触ったら絶対に気持ちよさそうなんでしょう……!」
一条院彩子が、うっとりとした表情で呟く。橘響子も、「すげえ……! これ、本当にぬいぐるみで作れんのかよ!? でも、完成したら絶対ヤバい! 抱きつきてえ!」と興奮を隠せない。
生徒会長の如月玲奈だけが、そのデザイン画を冷静に、しかし内心ではその完成度の高さに舌を巻きながら分析していた。
(このデザイン……どこかで見たような……いや、気のせいかしら。でも、この異様なまでのディテールへのこだわりと、毛並みの質感に対する執着は、間違いなく聖歌ね。それにしても、このマスコット、本当にただの創作なのかしら……まるで、実在する何かを完璧に模写したかのようだわ)
聖歌は、友人たちの称賛に満足げに微笑んだ。
「ありがとうございます、皆様。このアルテミシアちゃんには、わたくしの『もふもふ』への愛と理想の全てを注ぎ込みましたの。素材には、手触りを追求した最高級のフェイクファーと、羽毛のように軽い特殊な綿を使用します。完成した暁には、きっと学園中の生徒たちが、その抱き心地の虜になることでしょう!」
彼女の言葉通り、星組の生徒たちは一丸となってアルテミシアちゃんの制作に取り組み、その過程で、聖歌の指示する「毛並みの流れ」や「綿の詰め具合による弾力の調整」といった専門的すぎる指示に四苦八苦しながらも、徐々にその巨大で愛らしい姿が形になっていくのだった。
そんな学園祭の準備の合間にも、聖歌の「ザ・ワン様お迎えプロジェクト」は着実に進行していた。放課後、万里小路家のハイヤーで帰宅する途中、聖歌はセバスチャンからいくつかの報告書を受け取っていた。
「お嬢様、こちらが先日ご依頼のありました、『特定の大型保護生物が好むとされる環境音楽のリスト』と、『その生物が最もリラックスできるとされるハーブの種類に関する調査結果』でございます」
「まあ、セバスチャン、いつもありがとう。助かりますわ。ふむふむ……ヒーリング系のニューエイジ音楽と、カモミールやラベンダーの香り、ですって? やはり、ザ・ワン様はとても繊細な感性をお持ちの方のようですわね。お迎えのティーパーティーの際には、最高のオーディオシステムと、このハーブをふんだんに使ったポプリを用意しなくては」
聖歌は、報告書を熱心に読み込みながら、うっとりとした表情で呟いた。その報告書が、実際には『ガーディアンズ』が『ザ・ワン』の精神安定のために効果のほどは不明ながらも試行錯誤している研究データの一部であることなど、彼女は知る由もない。
そして、聖歌が全く気づいていないことだが、ここ最近、彼女の周囲には、以前よりも少しだけ「熱心な視線」が増えていた。それは、登下校の道すがら、ふと見かける見慣れない人物であったり、学園の窓の外を偶然通り過ぎる小鳥(にしては少し動きが機械的な)であったりした。
「まあ、最近、なんだかわたくしに注目してくださる方が増えたような気がいたしますわね。きっと、わたくしがデザインしたアルテミシアちゃんの評判が、もう学園外にまで広まっているのかしら? それとも、わたくしの日頃の『もふもふ愛護活動』の成果がついに認められたのかしら? うふふ、どちらにしても嬉しいことですわ」
聖歌は、それらの視線を「自分の魅力や活動への称賛」と、いつものように超絶ポジティブに勘違いしていた。
その「視線」の主たちが、『ガーディアンズ』の特別対策チームの監視員であり、彼女の一挙手一投足が「エンプレス・モフの次なる暗躍の予兆」として詳細に記録・分析されていることなど、夢にも思っていなかったのである。
聖アストライア女学園の秋は、文化祭の準備の熱気と、万里小路聖歌の壮大なる勘違い、そしてそれを巡る秘密組織の暗闘(の一方的な空回り)と共に、ゆっくりと更けていくのであった。
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