学園長のティータイムと、小さな訪問者
時系列:春うららかな日の午後、学園長室にて。
聖アストライア女学園の学園長室は、本館の最上階にあり、大きな窓からは学園の美しい庭園が一望できた。磨き上げられたマホガニーのデスク、壁一面に並ぶ古今東西の書物、そして上品な調度品の数々が、この部屋の主であるエリザベス・メイフィールド学園長の品格と知性を物語っているようだった。
その日、学園長は、万里小路聖歌をティータイムに招いていた。これは、学園長が時折、特に優秀な生徒や、気にかかる生徒と個人的に話をするために設ける、ささやかな習慣であった。
「聖歌さん、よく来てくれましたわね。さあ、どうぞこちらへ。今日は、わたくしが英国から取り寄せたばかりの、特別なアールグレイを用意しましたのよ」
メイフィールド学園長は、優しい笑顔で聖歌をアンティークのソファへと促した。聖歌は、恭しく一礼し、その隣に腰を下ろした。
「まあ、学園長先生。お招きいただきまして、ありがとうございます。先生の淹れてくださる紅茶は、いつも格別な香りと味わいですもの、とても楽しみにしておりましたわ」
二人の間には、銀のティーセットと、焼きたてのスコーン、そして数種類のジャムやクロテッドクリームが並べられた。穏やかな会話が弾み、聖歌は学園生活の様子や、最近興味を持っていること(もちろん、その大半は「もふもふ」関連だが、そこは巧みに言葉を選んで)などを、学園長に楽しそうに語った。
そんな和やかなティータイムの最中、ふと、学園長室の重厚な扉が、ほんの少しだけ開いた。そして、その隙間から、銀色の毛並みを持つ小さな訪問者が、するりと滑り込んできた。学園猫のアンリエット様である。
「あら、アンリエット。あなたもお茶にいらしたのかしら?」
アンリエット様の名前は聖歌が勝手に名付けた者だが、学園長もその名を呼ぶあたり完全に公認の名前になっている。
メイフィールド学園長が、微笑ましそうに声をかけると、アンリエット様は「にゃあ」と小さく一声鳴き、しかし学園長の足元は素通りし、真っ直ぐに聖歌の元へと歩み寄った。そして、まるでそれが当然であるかのように、聖歌の膝の上に軽々と飛び乗り、満足そうに丸くなった。
「まあ、アンリエット様ったら、甘えん坊さんですこと。でも、この温かさと、ゴロゴロという喉の音……やはり、最高の癒やしですわね」
聖歌は、アンリエット様の柔らかな毛並みを優しく撫でながら、至福の表情を浮かべた。メイフィールド学園長は、その光景を興味深そうに眺めていた。
「聖歌さん、あなたは本当に動物に好かれますわね。まるで、あなたから何か特別なオーラでも出ているかのようですわ」
「うふふ、学園長先生。アンリエット様は、特別に賢くていらっしゃるので、わたくしのこの溢れんばかりの『もふもふ』への深い愛情を、ちゃんと理解してくださっているのですわ。この気高い毛並み、そしてこの喉を鳴らす音……これこそが、わたくしたちの魂の対話であり、言葉を超えた絆の証なのですもの」
聖歌は、真顔でそう語った。メイフィールド学園長は、その言葉に、一瞬、聖歌の亡き祖母――かつて万里小路家を女主人として切り盛りし、そのカリスマ性と、動物たちを意のままにする不思議な力で知られた伝説的な女性――の面影を重ねた。
(この子もまた、万里小路の血を色濃く受け継いでいるのかもしれないわね……。あの、常人には理解しがたいほどの深い愛情と、そして時折見せる、まるで世界の理すらも捻じ曲げてしまいそうな、純粋で強靭な意志の力……)
メイフィールド学園長は、聖歌のその底知れない魅力と、彼女が将来どのような道を歩むのかに、改めて深い興味を抱いた。
「聖歌さん。あなたはそのままで、あなたの信じる『美しいもの』を、これからも大切に育んでいってくださいな。この聖アストライア女学園は、あなたのその個性を、いつまでも見守っていますわ」
学園長のその温かい言葉に、聖歌はにっこりと微笑んだ。
「はい、学園長先生。わたくし、この学園で、そして世界中で、たくさんの素晴らしい『もふもふ』と出会い、その愛を広めてまいりたいと思いますわ!」
その言葉が、後に世界を巻き込む壮大な「もふもふ騒動」の序章となることなど、この時のメイフィールド学園長は知る由もなかった。ただ、アンリエット様だけが、聖歌の膝の上で満足そうに喉を鳴らしながら、まるで全てを理解しているかのように、静かにその様子を見守っていた。
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