ハープの調べに乗る、もふもふソネット



時系列:第一部の前、高等部二年生の音楽の個人レッスン。


 聖アストライア女学園の音楽練習棟『ミューズ・ウィング』の一室。防音設備が施されたその部屋には、金色の装飾が美しいグランドハープが置かれ、窓からは午後の優しい光が差し込んでいる。万里小路聖歌は、そのハープの前に静かに座り、音楽教師のクラフィーナ・シューディニー先生の指導のもと、ドビュッシーの「月の光」を練習していた。

 聖歌の白い指が、絹糸を紡ぐようにハープの弦を弾くと、まるで月の雫が降り注ぐかのような、透明で美しいアルペジオが部屋を満たした。その音色は、技術的な正確さはもちろんのこと、聴く者の心を優しく包み込むような、不思議な温もりと深みを持っていた。


 シューディニー先生は、目を閉じてその演奏に聴き入っていたが、曲が終わると、静かに目を開け、感嘆のため息と共に拍手をした。


「ブラボー、聖歌さん! 今日のあなたの『月の光』は、今までで一番素晴らしかったわ。まるで、本当に月夜の静寂と、その中で微かに揺れる水面の煌めきが見えるようだった。あなたのハープは、いつも何か特別な魔法を持っているようね」


 聖歌は、シューディニー先生の言葉に、はにかむように微笑んだ。


「まあ、先生にそのように仰っていただけるなんて光栄ですわ。わたくし、この曲を演奏しておりますと、まるで月の光そのものが、柔らかな毛皮のようにわたくしの指先を撫でていくような、そんな心地よい感覚になるのです。そして、このハープの弦の一本一本が、まるで……そう、夜空を駆けるペガサスの、銀色に輝く鬣のように感じられて……。その鬣を優しく梳くように弦を弾けば、自然とこのような音色になるのですけれど」


 聖歌は、うっとりとした表情で、愛おしそうにハープの弦に触れた。シューディニー先生は、その言葉に一瞬きょとんとしたが、すぐに興味深そうな笑みを浮かべた。


「ペガサスの鬣、ですって? うふふ、聖歌さんらしい、とても詩的で素敵な表現ね。でも、確かにあなたの音色には、何か幻想的で、触れると消えてしまいそうな、そんな繊細な美しさがあるわ。それは、テクニックだけでは決して表現できない、あなたの心の中から湧き出るものなのでしょうね」


「わたくしの心の中から……。そうかもしれませんわね、先生。わたくし、音楽を奏でる時、いつも心に思い浮かべるのは、愛らしい動物たちの、あの温かくて、柔らかくて、そして言葉では言い尽くせないほど素晴らしい『もふもふ』の感触なのです。その感触を、どうにかして音で表現したい……。その一心で弦を弾いていると、時々、まるで指先から直接、その『もふもふ』の魂が流れ出してくるような気がするのですわ」


 聖歌は、真剣な眼差しでそう語った。その瞳の奥には、彼女だけが見ることのできる、美しくも不思議な世界が広がっているかのようだった。

 シューディニー先生は、聖歌のその言葉に、深く頷いた。


「『もふもふ』の魂……。なるほど、それがあの温かさの秘密なのね。音楽とは、詰まるところ、演奏者の魂の表現だもの。あなたのその純粋で深い愛情が、ハープの弦を通じて、聴く者の心に直接響いてくるのでしょう。これからも、あなたのその素晴らしい感性を大切に、あなただけの『もふもふのソネット』を奏で続けてくださいね。楽しみにしているわ」

「はい、先生! わたくし、世界中の全てのもふもふさんたちに捧げる、最高の音楽を奏でられるよう、これからも精進いたしますわ!」


 聖歌は、晴れやかな笑顔でそう誓った。その日、彼女のハープから紡ぎ出された「月の光」は、いつも以上に優しく、そしてどこまでも深く、聴く者の心を「もふもふ」の温もりで満たしたという。デュボワ先生は、この風変わりな教え子の持つ、底知れない才能と、そのユニークすぎる音楽の源泉に、改めて大きな可能性を感じずにはいられなかった。

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