生徒会長の頭痛の種 ~メイ・フェスティバル企画会議~


時系列:プロローグ前後。五月開催の「メイ・フェスティバル」の第一回企画会議。





 聖アストライア女学園生徒会室。

 新緑の眩しい光が大きな窓から差し込む中、生徒会長の如月きさらぎ玲奈れいなは、山積みにされた書類と格闘していた。

 今日は、来月開催される学園の一大イベント『メイ・フェスティバル』の第一回企画会議である。

 各クラスの代表や、主要クラブの部長たちが集まり、今年のテーマや催し物について意見を出し合うのだ。


「――以上が、昨年度のメイ・フェスティバルの反省点と、今年度の予算案の概要です。何か質問はありますか?」


 玲奈が、冷静かつ的確に説明を終えると、数人の生徒が手を挙げた。質疑応答が一通り終わったところで、玲奈は本題に入った。


「さて、それでは今年度のメイ・フェスティバルのメインテーマと、新しい企画について、皆様のご意見を伺いたいと思います。どなたか、何かアイデアのある方はいらっしゃいますか?」


 シーン、と一瞬空気が静まり返った後、万里小路まりのこうじ聖歌せいかが、いつもの穏やかな微笑みを浮かべて、すっと手を挙げた。玲奈の胸に、一抹の……というよりはかなり大きな不安がよぎった。思わず眉間にしわを寄せる。


「はい、万里小路さん」

「玲奈様、皆様、ごきげんよう。わたくし、今年のメイ・フェスティバルのテーマとして、『生命の輝きと、もふもふの輪』というものを提案させていただきたいのですけれど、いかがでしょうかしら?」


 聖歌の言葉に、会議室の空気が一瞬凍りついた。


「……せいめいのかがやきと、もふもふの、わ……?」


 玲奈は、思わずオウム返しに呟いた。聖歌は、そんな玲奈の困惑などどこ吹く風、うっとりとした表情で続ける。


「ええ。この聖アストライア女学園に集う、全ての生命――生徒の皆様はもちろん、中庭の薔薇や小鳥たち、そして何よりも、我らがアンリエット様のような素晴らしいもふもふの代表が、その垣根を越えて互いの生命の輝きを称え合い、その温もりと手触りを通じて、大きな愛の輪で結ばれる……そんな、心温まるフェスティバルを創造したいのですわ!!」


 聖歌の熱弁は、どこまでも真摯で、そして純粋であった。他の生徒たちはその突拍子のないテーマに、ただただ圧倒されている。

 玲奈は、こめかみを指で押さえながら、何とか平静を装って尋ねた。


「……聖歌。その『もふもふの輪』を具体的に実現するために、何か具体的な企画案はあるのかしら?」

「もちろんですわ、玲奈様!」


 聖歌は、待ってましたとばかりに鞄から金色の毛糸で縁取られた分厚い企画書『至高のもふもふ計画案』を取り出した。


「まず、メインイベントといたしまして、『世界のもふもふ大行進・イン・アストライア』を開催いたしますの! 学園で飼育されているポニーの流星スターダスト号やアンリエット様はもちろんのこと、近隣の牧場から、アルパカさん、アンゴラ山羊さん、メリノ種の羊さんたちをお招きし、生徒たちが思い思いのもふもふ正装をして、その背中に乗ったり、一緒に学園内を練り歩いたりするのですわ! 行進の最後には、中庭の噴水前でもふもふ宣誓を行ない、全ての生き物への愛と、その素晴らしい手触りへの感謝を誓うのです!」

「……待ちなさい、聖歌」


 玲奈の声が、わずかに震えた。


「アルパカや羊を学園に……? それは、衛生管理の面でも、安全管理の面でも、そして何よりも学園の伝統と品位という面でも、問題が山積みすぎるわ! 来賓の方々もいらっしゃるのよ!?」

「あら、ご心配には及びませんわ、玲奈様。動物さんたちには、事前に最高級のオーガニックシャンプーで体を清めていただきますし、行進ルートには、わたくしが特別にブレンドしたもふもふアロマミスト」

「もふもふあろまみすと?」

「を散布して、常に清浄な空気を保ちます。それに、動物さんたちのストレス管理のために、専門の獣医さんと、アニマルセラピストの方々も万里小路家から派遣いたしますわ。きっと、来賓の方々も、その愛らしい姿と素晴らしい手触りに、日頃の疲れも忘れて癒やされることでしょう。むしろ、国際的な評価も高まるに違いありませんわ!」


 聖歌は、一点の曇りもない笑顔で反論した。そのあまりの自信と、周到な、しかしどこかズレている準備計画に、玲奈はもはや言葉を失いかけた。


(この子……本気だわ……。しかも、万里小路家の力を使えば、本当に実現しかねないところが恐ろしい……! バカなの? いえ、聖歌の頭は良いはず……でももふもふバカだったわね……)


 会議室の他の生徒たちは、聖歌の壮大な計画に、もはや恐怖に近い畏敬の念を抱き始めていた。畏敬の念のバーゲンセールである。畏敬の念抱かれ過ぎてそろそろ売り切れちゃうんじゃないだろうか。

 聖歌の取り巻きである一条院いちじょういん彩子あやこだけが、「まあ、聖歌様! なんて素晴らしいご計画なのでしょう! きっと、学園史上に残る、愛と感動のフェスティバルになりますわね!」と、目を輝かせて賛同している。

 玲奈は、深呼吸を一つすると、努めて冷静な声で言った。


「……聖歌。あなたのその素晴らしい情熱とアイデアは、一旦保留とさせていただくわ。まずは、もう少し……そうね、実現可能な範囲での企画を、改めて検討しましょう。例えば、あなたの得意なハープ演奏会とか、あるいは……」

「あら、ハープ演奏会も素敵ですけれど、やはり『もふもふ大行進』の感動には及びませんわ。でも、玲奈様がそう仰るなら……」

「そう、分かってくれたのね」

「では、せめて中庭に『臨時もふもふふれあい動物園』を開設し、そこで『究極のもふもふブラッシング体験コーナー』を設けるというのはいかがでしょう? ブラシは、もちろん万里小路家秘蔵のコレクションから、最高級の猪毛、馬毛、アザラシの毛ブラシなどを持参いたしますわ」

「ふえ……」


 聖歌は、少しも諦めていなかった。玲奈は、その日、会議が終わる頃には、普段の倍以上の量の頭痛薬を服用することになったという。

 生徒会長、如月玲奈の頭痛の種は、今日もまた、万里小路聖歌という名の、美しくも厄介な親友によって、確実に増やされていくのであった。


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