短編集

一条院彩子と聖歌「聖歌様観察日誌 ~春のお茶会準備編~」

入れるタイミング逃してた学園パート

時系列:プロローグ約一週間後、高等部二年星組主催の「春霞のお茶会」準備期間中 




 春霞はるがすみが学園の庭をやわらかく包み込む、四月下旬の昼下がり。

 聖アストライア女学園高等部二年星組の教室では、来週末に催される春霞のお茶会の準備が、一条院いちじょういん彩子あやこ指揮のもと、熱心に進められていた。このお茶会は、日頃お世話になっている教師の方々や、親しい上級生、そして新入生の一部を招いて行われる、星組伝統の行事である。


「皆様、お菓子の選定リストができましたわ。ご確認をお願いいたします」


 彩子の凛とした声が響く。

 彼女の白い指が示したリストには、老舗和菓子店の季節の練り切りや、学園御用達パティスリーの特製マカロンなどが並んでいた。

 そのリストを、ひときわ熱心な眼差しで見つめているのは、もちろん万里小路まりのこうじ聖歌せいかであった。


「まあ、彩子様。このうぐいす餅、なんて愛らしいのかしら? この、求肥ぎゅうひのほのかな緑色と、きな粉の優しい黄色……まるで、春の野原に降り立った小さなうぐいすのようですわね。そして、このふっくらとしたフォルム! きっと、舌の上でとろけるような、至高のもふもふ食感に違いありませんわ!」


 聖歌は、リストの一項目を指差し、うっとりとした表情で語った。

 周囲の生徒たちは、聖歌の独特の表現に「まあ、聖歌様ったら」「本当に美味しそうに聞こえるわ」と微笑ましげに頷いている。洗脳済みかな?

 彩子は、そんな聖歌の言葉に深く頷き、手にした万年筆でリストに印をつけた。


「さすがは聖歌様ですわ! そのうぐいす餅、わたくしも特に素晴らしいと思っておりましたの。聖歌様のお言葉を伺い、その魅力が一層際立ちましたわ。では、こちらはお茶会のメインのお菓子の一つといたしましょう」


 次に議題は、お茶会で飾るお花について移った。


「お花は、やはり春らしく、桜や桃、菜の花などがよろしいかしら」

「菜の花いいですわよね。おひたしとか大好きです」

「まあ、でしたらお茶会にそちらも出しましょう」

「そうしましょう!」


 お嬢様のお茶会に果たして菜の花のおひたしは合うのだろうか? 確かに美味しいが……そもそも飾る花の話だったはずと、話の流れがお婆ちゃんじみてきたところで聖歌が静かに手を挙げた。


「それも素敵ですけれど、わたくしからの提案もよろしいかしら? 今年のテーマは春霞ですもの、その霞の向こうにぼんやりと見えるような、幻想的で、そして何よりも手触りの良いお花を選んでみてはいかがでしょう?」

「手触りの良いお花、ですって?」


 彩子が興味深そうに聞き返す。


「ええ。例えば、ビロードのような花弁を持つ深紅の薔薇アストライア・ノヴァ――この学園固有種の薔薇のことである――を主役に、その周りには、まるで子猫の耳のように柔らかいラムズイヤーの葉をあしらい、アクセントには、羽毛のように軽やかなアスチルベを添えるのですわ。そして、全体を霞草の白いヴェールでふんわりと包み込めば……ああ、想像するだけで、指先がむずむずしてきますわね。その花束に触れた方は、きっと春の夢のような心地よさに満たされることでしょう」


 聖歌は、目を閉じ、まるでそこに実物があるかのように空間を優しく撫でながら語った。その姿は、もはや詩人か芸術家のようであった。

 彩子は、聖歌のその言葉を一言一句聞き漏らすまいと、熱心にメモを取っていた。


(聖歌様の感性は、いつも我々の想像を遥かに超えていらっしゃる……! 花の選定基準が手触りとは、なんて斬新で、そして深遠なのかしら! きっと、その奥には、わたくしなどには到底計り知れない、宇宙の真理にも通じるようなもふもふ哲学がおありになるに違いないわ……!)


 彩子の聖歌に対する尊敬の念は、この日もまた一段と深まった。もふもふ哲学ってなんだろう。

 お茶会の当日、聖歌の提案通りに活けられた花々は、その幻想的な美しさと、思わず触れてみたくなるような柔らかな質感で、来場者たちを魅了したという。

 そして、聖歌がうぐいす餅を頬張る際の、あの至福に満ちた表情は、彩子の心に春のもふもふな思い出として、永遠に刻まれることとなった。

 一条院彩子の聖歌様観察日誌には、この日もまた、新たな輝かしい1ページが書き加えられたのである。


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