Record08「産声」
地球の未来を賭けた、絶望的な誘導作戦が開始された。
魔法少女たちは、誠が示した封印地点――都市の地下深くに眠る、旧政府時代の巨大シェルターへと、変貌しさらに強大になったザ・ワン』導かねばならなかった。それは、もはや戦いというよりも、巨大な嵐の中を、必死に道案内をするような、無謀な試みであった。
「美琴たちは、氷ん道で奴ん巨体ば滑らせて! 少しでも進行方向ば!」
翠が叫ぶ。
「やってる! でも、奴のオーラだけで氷が蒸発しそうよ!」
美琴を含めた氷系統の魔法が使える魔法少女たちが全身全霊で氷雪を巻き起こすが、ザ・ワンの周囲に漂う漆黒のオーラは、彼女たちの魔法を容易く減衰させていく。
「私たちの炎で、奴の視界を少しでも遮る! その隙に、結ちゃん、地面を!」
「ウォーーー! フェニックス! バーニィィイイング!」
萌とサラたちが、渾身の火柱を放つ。
「交通整備をしろと、ウヴォアーも言っている……!」
「ん、アルラ、手伝う」
「ん。分かった。お前がやれ」
結が、次々と岩壁を隆起させ、僅かながらにザ・ワンの進路を限定していく。
雫を中心とした治癒系の魔法が得意な者たちは、ボロボロになった仲間たちに、ありったけの魔法を注ぎ続けながら、涙を堪えていた。
「お願い……みんな、持ちこたえて……!」
彼女たちのパートナー妖精たちもまた、最後の力を振り絞り、少女たちの魔力を増幅させ、或いはザ・ワンの放つ絶望の波動を僅かでも和らげようと必死だった。
「美琴、心を強く持って! 今こそ絆ぱわーです!」
「絆パワー!」
「絆パワー?」
「絆パワー!!」
魔法少女たちがコンの言葉に呼応し、魔力を高めていく。
誠は、神代教授や有栖川ケイと連携を取りながら、少女たちに封印地点への正確なルートを指示し続けた。ただの人間である彼の顔には疲労の色が濃く浮かんでいたが、その瞳の奥の光は決して消えていなかった。
「あと少しだ……! あと少しで、封印ポイントに到達できる……!」
何時間にも及ぶ、死闘と呼ぶにはあまりにも一方的な誘導作戦。魔法少女たちは、何度も吹き飛ばされ、傷つき、意識を失いかけた。しかし、そのたびに、仲間の声、妖精の励まし、そして遠くから聞こえてくる民たちの祈りの声が、彼女たちを再び立ち上がらせた。
そして、ついに――。
夜明けの最初の光が東の空を染め始めた頃、彼女たちは、ザ・ワンを、巨大な地下シェルターの最深部、地脈エネルギーが渦巻く封印の間へと追い詰める……或いは誘導することに成功した。
そこには、神代教授とケイが率いる研究者チームが徹夜作業で設置した、巨大な魔法陣と、複雑なエネルギー集束装置が待ち構えていた。
「よくやった、諸君! あともう一歩だ!!」
神代教授が、拡声器を通して叫んだ。
しかし、ザ・ワンもまた、追い詰められたことを悟ったのか、これまで以上の、凄まじいまでの負のエネルギーを放出し始めた。封印の間全体が激しく振動し、壁や天井から亀裂が走る。
「まずい! 奴が、この空間ごと全てを破壊するつもりだ!」
ケイが悲鳴に近い声を上げた。
「魔法少女たちよ! 今こそ、君たちの全ての力を、この封印術式に注ぎ込んでくれ! それしか、あれを止める術はない!」
神代教授の悲痛な叫びが響く。
魔法少女たちの膨大な魔力の奔流が、一つの魔法陣へと注がれていく。
それでも尚、ザ・ワンの膨大なる負を打ち消すには至らない。一人、また一人と膝をつく中、この中で最年少の魔法少女が、一人封印の陣の中央へと降り立った。
「ウヴォアーが言っている。ここで死ぬ
結が陣の上に手をつくと、封印の間を通し、幾つもの光の蔦が現れた。
その両隣に、ソフィアと契約妖精であるアルラが降り立ち、手を重ねる。
「ん、独りぼっちは」
「ん。寂しいもんな」
『グルオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
ザ・ワンが、地獄の底から響くような、怒りと絶望に満ちた咆哮を上げた。その巨体から放たれる漆黒のオーラが、魔法陣の光と激しく衝突し、空間そのものが引き裂かれんばかりのエネルギーの嵐が吹き荒れる。
魔法少女たちの顔からは血の気が失せ、その体は限界を超えて魔力を放出し続けていた。
「くっ……! 押される……!」
美琴が苦悶の声を上げる。
「ダメだ……このままじゃ……!」
萌の炎が、消えかかっていた。
封印術式が、ギシギシと悲鳴を上げ、その輝きが弱まり始めた。万事休すかと思われた、その瞬間――。
どこからともなく、ほんの一筋の、しかしありえないほど温かく、そして清浄な光が、封印の間に差し込んできた。
それはどこかで記憶しているような、それでいて、忘れ去ってしまったかのような、優しく、そして懐かしい光だった。その光は、特定の形を持たず、ただ、そこに在るだけで、周囲の絶望的な空気を和らげ、傷ついた魔法少女たちの心に、不思議な安らぎと勇気を与えた。
そして、その光は、ゆっくりとザ・ワンへと近づいていった。
漆黒のオーラを放ち、世界を否定するかのように咆哮していたザ・ワンが、光の出現に、ほんの一瞬だけ、動きを止めた。その虚無を映していたはずの黄金の単眼が、まるで何かを認識したかのように、その光を見つめている。
その刹那の静寂。
魔法少女たちは、本能的に感じ取った。今しかない、と。
「い……ま……!!」
翠が、最後の力を振り絞って叫んだ。
魔法少女たちの魔力が、再び、そしてこれまで以上に強く輝き、封印術式へと注ぎ込まれる。民たちの祈り、妖精たちの願い、そして、どこからか差し込んだ謎の光の力添え。その全てが一つとなり、ついに封印術式は完全な輝きを取り戻した。その膨大過ぎる光を、結とソフィア、そしてアルラが制御する。
眩い光の柱は天を貫き、ザ・ワンの巨体を包み込む。
「ア―――ッ」
断末魔とも、あるいは安堵のため息ともつかぬ、最後の咆哮を残して、ザ・ワンの姿は、光の中へとゆっくりと沈んでいき、やがて完全に消滅した――いや、永劫の眠りへとついたのだ。
光が収まった後、封印の間には、静寂だけが残されていた。
魔法少女たちは、力を使い果たし、その場に倒れ込んでいた。彼女たちの体からは魔力の輝きは消え、戦闘服もボロボロになっていたが、その表情には、やり遂げたという安堵と、深い疲労の色が浮かんでいた。
「……終わった……の……?」
美琴が、か細い声で呟いた。
「終わった……みたいと……」
翠が、力なく答えた。
萌は、天井に空いた大きな穴から差し込む、朝の光を見上げていた。その光は、まるで祝福のように、彼女たちを照らしていた。
誠は、神代教授やケイと共に、震える足で彼女たちの元へ駆け寄った。
「君たち……! 本当に……本当に、よくやってくれた……!」
誠の目には、涙が溢れていた。彼は、この少女たちの勇気と献身を、生涯忘れることはないだろうと心に誓った。
多くの魔法少女が、この戦いでその力の大部分を失い、二度と魔法少女として戦えなくなる者もいた。しかし、誰一人として命を落とすことはなかった。それは、まさに奇跡としか言いようのない結果だった。
そして、あの最後に差し込んだ謎の光。あれが一体何だったのか、誰にも分からなかった。ただ、その温もりだけが、彼女たちの心に深く刻み込まれていた。有栖川ケイは、その光のエネルギーパターンを僅かながら記録することに成功し、「これは……既存のいかなる物理法則にも当てはまらない……まるで、未来からの……あるいは、愛そのものが形を持ったような……」と、興奮と困惑の入り混じった表情で呟いていた。
ザ・ワンが封印されてから、数ヶ月が経過した。
世界は、未曾有の大災害から、ゆっくりと復興への道を歩み始めていた。破壊された都市では、人々が手を取り合い、瓦礫の中から新たな生活を築き上げようとしていた。
ザ・ワンの存在や、魔法少女たちの戦いは、公式には発表されることなく、歴史の闇に葬られようとしていた。不思議なことに、あの戦いで祈りを紡いでいた民たちの記憶からも、その存在の記憶が薄れて行っているようだった。しかし、人々の心の中には、あの絶望の日々と、そして自分たちを守るために戦ってくれた光の少女たちの記憶が、脳で理解せずともその心に、深く刻み込まれていた。
神代教授と有栖川ケイ、そして神宮寺誠たちは、この『アウター・ワン・カタストロフ』の教訓を元に、いつか再び訪れるかもしれない未知なる脅威に対抗するための、恒久的な専門機関の設立に向けて、政府や国際社会への働きかけを本格的に開始していた。それが、後の対魔獣防衛機構『ガーディアンズ』の礎となる。
神宮寺誠は、この戦いを通じて、守るべきものの尊さと、力を持つ者の責任を痛感し、自らもその組織の中核を担うことを決意していた。彼の心には、常にあの魔法少女たちの勇気と、そして最後に差し込んだ謎の光の記憶が灯っていた。
戦いを終えた魔法少女たちは、それぞれの道を歩み始めていた。
そうしてそれぞれの日々に向かい突き進む中、
未曽有の大災厄から四十年――。
今日の天気は晴れ模様。
空は青く澄み渡っていた。
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