Record06「誕生」
民の間でも、この戦いは目撃され始めていた。最初は遠くの爆発音や閃光に怯えていただけだった人々も、空を舞う魔法少女たちの姿や、大地が揺れるほどの激しい戦闘を目の当たりにし、それが何かの戦いであることを理解し始めていた。
ある者は恐怖に泣き叫び、ある者は呆然と立ち尽くし、そしてある者は、必死に祈りを捧げ始めた。
「お願い……誰か、あの怪物から私たちを助けて……」
「あの光の少女たちは一体……?」
テレビやラジオは、政府の報道規制により原因不明の大規模自然災害としか伝えていなかったが、口コミや、まだ
あるアマチュアカメラマンが偶然撮影した、不鮮明ながらも魔法少女とザ・ワンが対峙する写真は、後にある種の都市伝説の証拠として残されることとなる。
そして、一部の勇敢な民たちは、危険を顧みず、魔法少女たちを支援しようと動き始めていた。
避難所では、ボランティアたちが食料や毛布を分け与え、元医療従事者たちは負傷者の手当てに奔走した。あるロックバンドは、即席のステージで希望の歌を演奏し、人々の心を鼓舞した。
それは、まだ小さく、組織化されていない動きだったが、確かに、絶望に覆われた世界に、人間の持つ善意と連帯の灯を灯し始めていた。
魔法少女たちは、誠からもたらされた情報と、新たな装備によって、再び勇気を取り戻した。
「よし、みんな! もいっぺん行くばい! 今度こそ、あいつん鼻っ柱ばへし折っちゃあ!」
翠が、力強く叫んだ。
彼女たちの瞳には、もはや恐怖の色はなかった。そこにあるのは、この星を守り抜くという、鋼のような決意だけだった。
反撃の狼煙は、今、確かに上がった。それは、人類と、そしてこの星の未来を賭けた、壮絶な戦いの第二幕の始まりを告げていた。
誠が与えた情報は絶望の淵にいた魔法少女たちにとって、一条の細い蜘蛛の糸だった。そして、有栖川ケイが開発した試作型の魔力シールド発生装置は、その糸を手繰り寄せるための、確かな支えとなった。
「誠さん、ありがとう! あなたの勇気に、私たちは応えなきゃ!」
美琴が、誠の肩を強く叩いた。彼女の瞳には、新たな決意の炎が燃え上がっている。
「みんな、準備はよか!? 誠しゃんが教えてくれた間隙んタイミングは、僅か0.3秒! うちの風ん合図で、全員の最大火力をば、あいつん……あんの黄金の目玉に叩き込んじゃろ!」
翠の指示に、美琴、萌、雫、結の四人が、力強く頷いた。
彼女たちの胸元では、それぞれのパートナー妖精たちが、小さな体で精一杯の魔力を放ち、少女たちの力を増幅させようとしていた。
「コン、お願い! 私の氷の力を、限界まで引き出して!」
美琴が祈るように呟く。
「任せて、美琴! あなたの心と、私の力が一つになれば、きっとできる……!」
コンが応える。
誠は、少し離れた場所で、通信機を片手に固唾を飲んで彼女たちを見守っていた。有栖川ケイからの指示で、彼はアウター・ワンのエネルギーパターンをリアルタイムで観測し、その間隙が訪れる正確なタイミングを少女たちに伝えるという重要な役割を担っていたのだ。
「ケイさん、パターン予測は!?」
『……来るわ、神宮寺君! 約10秒後! 誤差は0.05秒以内! 0.3秒の間隙が抜けるかはあなたの指示が全てよ!』
ケイの緊張した声がイヤホンから響く。
「みんな、構えろ!」
誠が叫ぶ。
五人の魔法少女たちが、それぞれの属性エネルギーを極限まで高める。美琴の周囲には絶対零度の吹雪が舞い、翠の足元からは緑色の竜巻が立ち昇り、萌の拳には灼熱の炎が凝縮され、雫の背後には巨大な水の精霊が姿を現し、結の全身からは
「カウント9……8……」
誠のカウントダウンが始まる。
ザ・ワンは、依然としてその黄金の単眼で少女たちを
「3……2……1……ゼロッ!」
誠の絶叫と同時に、翠が叫んだ。
「風よ!」
翠の合図と共に、五色の魔力の奔流が、一本の巨大な光の槍となってザ・ワンの黄金の単眼へと突き進んだ。
「届けええええええッッッ!!」
それは、彼女たちの怒り、悲しみ、そして何よりもこの星を守りたいという純粋な願いが込められた、魂の一撃だった。
ゴウッ、という地鳴りのような音と共に、光の槍はザ・ワンの黄金の単眼に確かに命中した。
瞬間、世界から音が消えた。
そして、次の刹那、黄金の単眼から、これまでとは比較にならないほど強烈な光が迸り、五人の魔法少女たちを、そして周囲の全てを呑み込んだ。
「きゃあああああああっ!?」
悲鳴を上げる間もなく、少女たちは強大なエネルギーの奔流に吹き飛ばされ、意識を失いかけた。魔力シールドは一瞬で砕け散り、増幅装置も機能を停止する。
だが――。
光が収まった時、そこにいた誰もが信じられない光景を目にした。
ザ・ワンの巨体が、僅かに、しかし確かに揺らいでいたのだ。その黄金の単眼には、初めて亀裂のようなものが走り、そこから黒い煙のようなものが漏れ出ている。そして、何よりも、ザ・ワンの動きが、完全に止まっていた。
「やっ……た……のか……?」
萌が、瓦礫の中から顔を出し、信じられないといった表情で呟いた。
その時、遠くで戦いを見守っていた市民たちの中から、誰からともなく、歓声が上がり始めた。それは最初、小さな囁きだったが、やがて大きな波となり、絶望に包まれていた街に響き渡った。
「怪物が……止まったぞ!」
「あの少女たちが……やってくれたんだ!」
「天使だ! 天使が私たちの街を守ってくれたんだ! おぎゃあああああ!!」
避難民である人々は涙を流し、抱き合い、魔法少女たちの名を叫んだ。
その声は、瞬く間に日本中へ、そして世界へと広がろうとしていた。政府の情報統制も、もはやこの熱狂の前には無力だった。
神代教授の研究室でも、観測データを見ていたケイが、歓喜の声を上げた。
「やりましたわ、教授! アウター・ワンの活動エネルギー、急激に低下! 現在、ほぼ停止状態です! 彼女たちの攻撃が、確かに届いたのです!」
神代教授も、安堵の表情で深く頷いた。そして、誠は、聞こえてくる市民たちの歓声に、ただ涙を流していた。
ザ・ワンの活動停止。それは、絶望的な戦いを続けてきた魔法少女たちにとって、そして世界中の人々にとって、信じ難いほどの朗報だった。街には、ほんの僅かな時間ではあったが、確かに平和が戻ってきたかのように見えた。
魔法少女たちは、力を使い果たし、満身創痍ではあったが、互いに肩を貸し合い、安堵の表情を浮かべていた。
「やったね……私たち……本当に……」
美琴が、震える声で言った。
「ああ……。でも、もうフラフラだよ……こんなスゲーこと、二度とできる気がしねえ……」
萌が、地面に座り込んだまま笑った。
翠は、空を見上げていた。鉛色だった空が、少しだけ明るさを取り戻しているように見えた。
「これで……終わったのかな……」
雫と結も、互いに寄り添い、静かに涙を流していた。妖精たちも、それぞれのパートナーの傍らで、疲れたように小さな体を休めている。
誠は、ジープで彼女たちの元へ駆けつけ、持っていたありったけの応急手当用品で彼女たちの傷の手当てを始めた。その時素肌に無造作に触れてしまったことで、思い切りぶたれたりしていたが、誠にとってそれは最早ご褒美だった。
「ありがとう!! 君たちは英雄だ! 本当によくやってくれた……!」
誠の言葉に、少女たちは少し照れくさそうに微笑んで、もう一度強くぶった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます