第2章 後半(佐倉美咲サイド)



パステルカラーの魔法少女衣装を纏った私は、イベント会場の片隅で軽く息を整えていた。

レイヤーとしてこの場に立つのはもう何度目かになるけれど、やっぱり最初の数十分は緊張する。笑顔を作る顔筋の動かし方、フリルの重み、カメラを向けられたときの視線の配り方。全部に神経を使う。


だけど、それが嫌いなわけじゃない。

こうして“みるる。”として過ごす時間は、普段の自分から離れられる大切なひとときだった。


(あ……今日も来てる)


視界の先、少し人だかりの出来ている一角。

そこに立っていたのは、黒を基調としたファンタジー衣装に身を包んだ男性レイヤー──『レイ=ミラージュ』。


彼の存在は、前回のイベントで初めて見かけたときから、ずっと気になっていた。

近づけなかった。話しかける勇気もなかった。けれど目は自然と彼を追ってしまう。


そのポーズ、視線の角度、手の動き一つ取ってもキャラの世界観をきちんと理解して表現しているのがわかる。衣装の作り込みも細かくて、ただ“かっこいい”というより、“完成されている”という印象。


(また見れると思わなかったな……)


彼の撮影が一段落したのを見計らって、私も少し移動しようとした、その時だった。


「すみません、レイ=ミラージュさん!」


突然聞こえた声に、思わず私も足を止める。


反射的に彼が振り向くと、カメラマンの男性が一眼レフを構えたまま手招きしていた。


「よかったら、みるる。さんと並んでいただけませんか? すごく絵になりそうなんで」


私の方にも視線が向けられた。


(えっ……え!? 私と……?)


一瞬、息が止まった気がした。

まさか、彼と、ツーショット――そんな展開、全く想像していなかった。


「……あ……えっと、はい……」


彼の低い声が耳に届き、視線が合った瞬間、胸の奥がズキンと高鳴った。


(やばい……緊張してる……!)


顔が熱くなるのを感じながらも、私は小さく頷き、彼の隣へと歩いた。

ぎこちなく並ぶと、自然と会場の空気が少し変わった気がした。


「あ、はい。わたしでよければ……」


口から出た自分の声が、思った以上に柔らかくて驚く。

それを聞いた彼は、まるで少し安心したような、けれどまだ戸惑った表情をしていた。


「じゃあ、お二人、キャラ設定的にこういうポーズ、どうですか?」


カメラマンの指示が飛ぶ。

彼と私のキャラは世界観が微妙にかぶっていて、合わせやすい設定だった。


(交差……見つめ合い……ちょっと距離、近いかも……?)


心臓が騒ぎ出す。けれど、動じている場合じゃない。

私は“みるる。”。魔法少女として、堂々としていなければ。


「だ、大丈夫……ですか?」


控えめな問いかけに、自然と笑みがこぼれた。


「はい、やってみましょう。お手柔らかにお願いしますね、レイ=ミラージュさん」


名前を呼ぶと、彼の目が驚きに見開かれた。


「知って……くれてるんですか?」


「この前、写真がすごく話題になってたから。ポージングも衣装も完璧でしたよ」


それは本音だった。彼の写真はSNSでも見かけるし、保存もしていた。どこか憧れていた。


彼は少し照れたように視線を逸らし、口元がわずかに緩んだ。


(あ、この人、キャラの中にちゃんと“本人”がいる……)


一緒に並んでポージングを取る。カメラマンがシャッターを切るたび、世界が静かになる気がした。

まるで、舞台の中に2人きりで立っているような錯覚。


何度かのシャッター音の後、カメラマンが笑顔で礼を言った。


「ありがとうございました!」


私たちは揃って軽く頭を下げた。

ほんの数分のやりとり。けれど、私の胸にはたしかな温度が残っていた。


「さっきは……ありがとう。急だったけど、助かりました」


彼が少し声を落として言う。


「こちらこそ。あの……初めてお話しできて、ちょっと嬉しかったです」


(うわ……素直すぎる……でも、なんか……嬉しい)


私は視線を少し逸らしながら微笑み返す。

今なら、もう少し話せそうな気がして――


「あの……」


彼が何か言いかけたとき、別のカメラマンが私に声をかけてきた。


「すみませーん、次、ソロで何枚かお願いできますか?」


「あ、はい!」


返事をしながら、彼の方を一度だけ見た。


「また、どこかでお会いできたら」


「……うん」


ほんのわずかな会話。それだけなのに、心が不思議と満たされていた。


ソロ撮影を終え、更衣室へ向かう途中、私は一人になったとたんスマホを取り出した。

さっきの彼とのやりとりが、何度も何度も脳内でリピートされる。


(名前……聞けばよかったな)


でも、それは次の楽しみにとっておこう。


また、会えたらいいな。

今度はもう少し勇気を出してみよう――



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