第1章 後半(佐倉美咲サイド)

教室の窓際、春の陽射しに照らされた席に、佐倉美咲は静かに座っていた。


彼女の存在は、まるで空気が凛とするような緊張感を周囲に与えていた。整った顔立ちと、どこか隙のない立ち居振る舞い。その美しさとクールな態度が相まって、「高嶺の花」と呼ばれるのも当然だった。


「佐倉さん、次のホームルームの予定って──」


「職員室の前の掲示板に出てるよ。確認してくれば?」


声をかけた男子は少し気圧されたように頭をかきながら「あ、ありがとう」とそそくさと離れていった。別に冷たくするつもりはなかった。けれど、自然とそうなってしまう。彼女の中で、それが“日常”になっていた。


そんな佐倉美咲には、誰にも言えない“裏の顔”があった。


──『みるる。』


フリルのついたメイド服や、魔法少女のような衣装がよく似合う、甘く可愛らしい世界観をまとったコスプレイヤー。本人のイメージとは真逆すぎて、同級生に知られたら目も当てられない。でも──だからこそ、あの空間では本当の自分に戻れる気がした。


きっかけは、姉が貸してくれたアニメDVDだった。最初は好奇心、次第にのめり込んで、ある日思い切って衣装を作り、初めてイベントに足を運んだ。それがすべての始まりだった。


(……次のイベント、どうしようかな)


美咲は、スマホの画面をスクロールしながら、イベントの公式ページを確認する。会場のレイアウト、参加登録フォーム、そして──参加予定の人気コスプレイヤー一覧。


その中に、彼の名前があった。


──『レイ=ミラージュ』


全身を黒で包んだような中二病全開のファンタジー衣装、なのに不思議と浮いていない。立ち姿に滲む自信と、カメラを向けた時の表情の切り替え。どこか惹きつけられるものがあった。


(あの人、やっぱり今回も来るんだ)


前回のイベントで初めて見かけた時、思わず見とれてしまった。周囲にカメラマンが集まっていて、話しかける隙などあるはずもなく、ただ遠巻きに見ていた。それでも、彼の纏う雰囲気が忘れられなかった。


名前を知って、SNSで写真を見て、いくつかの投稿に「いいね」もした。


──でも、自分が「みるる。」であることは秘密。


イベントの中で誰かと話すこともあったが、彼とは一言も交わしていない。けれど、次のイベントでは、少しだけ距離を縮めてみたい。そう思いながら、美咲は静かに息をついた。


「佐倉さん、お弁当食べに行こっかー!」


そう声をかけてきたのは、明るくて元気なクラスメイト。女子の中では話しかけやすいタイプと思われているのか、美咲にも時折こうして声をかけてくれる子はいる。


「ごめん。今日は教室で食べるね」


「そっか!またねー!」


軽く手を振って離れていくその背中を見送りながら、美咲はふと隣の席に目を向けた。


そこに座っているのは、神谷悠真。おとなしくて、あまり目立たない男子生徒。


彼の存在には特に関心を持っていなかった。……はずだった。けれど、最近ふとした時に視線が交わる気がする。いや、思い込みだ。そんなわけない。


けれど、ふとした仕草や立ち上がるタイミングが、どこか見覚えのある誰かと重なって見える瞬間があるのも事実だった。


(まさかね……)


美咲は首を軽く振って、自分の思考をかき消す。まさか。そんな偶然あるはずない。けれどもし、もし万が一。──いや、やめておこう。今はまだ「もし」の段階でいい。


彼女は再びスマホの画面を開き、次のイベントで着る予定の衣装の画像を見つめる。


(次はあの衣装。ちゃんとウィッグも整えて、メイクも練習して。あとは……ポージング、だよね)


同じ画角にレイ=ミラージュがいたら、どんな構図が映えるだろうか。そんなことを考えている自分に、少しだけ照れくさくなる。


教室の中の「クールで完璧な佐倉美咲」は、誰も知らないもう一つの顔を静かに胸にしまいながら──そっと、次の再会に想いを馳せた。



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