一歩
傀儡
始まりの終わり、終わりの始まり
今日、私は死ぬ。
もうこの世界に用はない。
振り返れば、思い出すのは後悔ばかり。
振り返ったことを後悔する。
私の人生は、そんな繰り返しの中にあった。
だからもう、終わりにする。
私は歩く。
登り慣れた階段を一歩ずつ上がる。
空に近づいていく感覚があった。
階段を登りきり、扉に付いたガラス越しに夕焼けを見た。 目の前にある美しい夕焼け。
沈みかけだと言うのに、やけに神々しかった。強い朱色と優しい白が溶け合い、それらが神々しさを更に強調していた。
扉を開き、見渡してみた。
いつもと同じ屋上。
…しかし何かが違う気がした。
そう思った瞬間、風が頬を撫でる。
好きだった中性的な顔の幼馴染の手みたいで、どこか優しく冷たかった。
歩を進め、屋上に足を踏み入れた。
刹那、世界の明度が一気に落ちた気がした。
しかし私は、そんなこと気にせず、太陽に背を向けた。 神々しい物には背を向ける。
なぜなら神様みたいだから。
私は今から最も愚かな行為をするから。
目の前のフェンスは、形ばかりの障壁だった。こんなもの、障壁のシの字もない。
強いてあると言えば死の字のみだ。
そんな障壁ですら、私は今から超えていく。
私は何を言っているのだろう?
自分のおかしな発言に、私は笑みを零した。
今の私を止めるものなんて、何もない。
私は一歩ずつ、フェンスに近づく。
下を向くと私の影があった。
いつもより、ずっと濃く、深い気がした。
10年前、同じようにここから夕日を見ていたことを思い出す。 あの時の影は、もっと明るかった気がした。
手のひらの痛みに耐えながら、私はフェンスをよじ登る。二歩踏み出せば、私はこのマンションの影に消える。
目を瞑り、一歩目を踏み出しながら、私は想像する。 あいつらが、残虐に、残酷に、そして残暴に、私に苦しめられる姿を。 顔は原型がないほど不細工に歪み、哀れで可哀想なほど汚らしい声を漏らす。
ーーーそんなありもしない、やろうとすら思わなかった情景を
その時だった。
「だっせーなぁ」
背後から、声がした。
同時に世界に何かしらの変化が起きた
感覚のみが知覚した、目に見えない変化が。
私は反射的に振り返る。
夕日がまぶしく、眼球が焼けるかと思った。
誰かの足音も、扉の軋む音もしなかった。
でも、確かにそこには少年が立っていた。
白い肌に、夕日に染まり、茶色がかった黒髪。中性的な顔。背は150cm程で可愛らしい。
けれど、目だけが異様に冷たい。まるで、底のない闇を覗いているようだった。
「最後まで何もやり返さずに死ぬのか?」
私はなにも答えず、ただ頷いた。
少年は目を細めて、寂しげに笑った。
「そういうの、ムカつくんだよ」
少年は少しイラついていた
「どうせ死ぬなら、死ぬ前にやり返せばいい。歯向かえよ。 鉛筆で刺されたなら、ナイフで返せ。 水をかけられたなら、油をかけ返せ。 罵られたなら、デマでも流せ」
少年は、私があいつらにいじめられている時に思い描いていた、現実的なやり返しを言っていた
「……どうせ死ぬんだろ? だったらやり返して終わればいいじゃん」
私は静かに少年の発言を聞いた。 そして、気づいた時には叫んでいた。
「わかってる!そんなことはわかってるよ! やり返せたら、もうやってた! でも、できなかった! そんな気力、私にはなかった……私は、そこまで落ちたくなかった… …」
声が震える。先程まで笑みが零れるほど上機嫌だったのに。 なぜ、こんなにもいきなり感情が変わるのだろうか。
「私に、そこまで落ちる勇気と残忍さはなかった…」
勇気すら持っていない自分が悔しい、情けない。 ただそれだけが頭に浮かんだ
「暴力で返すのは、同じ土俵。嫌がらせで返すのは、同じ器量。言葉で返すのは同じクズだ! 私は、違う!」
大きく肩で息を吸った。 同時に私が思い描いていた光景が頭に浮かぶ 。
普通に学校に行って、友達とふざけ合って、テストの点で笑い合う笑顔の私が
放課後寄り道して、誰かの家でお泊まりして、共通の趣味で盛り上がる幸せそうな私が
私はただただ、そういう、所謂ーーー
「普通の女子高生を望んだだけ!!!」
叫び終えたとき、胸の奥に、ぽっかりと穴が空いた気がした。 喉を震わせながら、再び肩で息をした。 声は枯れ、一瞬自分の声とは思えなかった。もう叫び声は出せないなと思った
少年は、小さく微笑んだ。
その微笑みは背格好相応な可愛い顔と、背格好不相応な恐怖を孕んだ顔が混ざっていた
「……いいね。僕はそれが聞きたかった」
彼は、人差し指を立てて言った。
その姿が酷くうざったらしかった
「ただ一つ、誤解がある。やり返すってのは、そっくり真似ることじゃない。自殺をする、という所謂、無敵の人間だけができる、形のない報復だ」
彼の声に乗る言葉は怖かった。
興奮気味な私の心が静かになるほどに。
どこか別の世界にも届いているような、不思議な何かと恐怖と、妙な説得力があった。
私は、大きく首を振る。
そして、肩で大きく息を吸い、言った。
「それでも、私はやらない。 復讐なんて、結局はあいつらと同じところに堕ちるだけ」
あいつら、という自らの発言で再び、あの興奮が蘇った。
「私は堕ちたくない!私は……あいつらとは違う!」
私は掠れ掠れな声で絞り出した。
もう声を出すことすら億劫だ、楽になりたい。
すると少年は、ふっと影を落とした表情をした。
「……そうか」
そして、静かに名乗った。
「僕の名前は……ここで死に、後悔だけを残した亡霊だ」
名前の部分だけ、何かに切り取られたように聞こえなかった。 しかしそんなことはどうでもよく、私は最後の言葉に目を見開いていた。
彼が……亡霊? いやいやまさか。
そう思いながら彼をまじまじと観察する。
そして気づいた。彼には、影がなかった。
「僕は同じ後悔を持つ君に、僕の後悔も晴らして欲しいんだ。」
そう言うと、少年の目に少し光が宿った
「どうする?一緒に復讐しない?」
そう言った直後、少年の目は先程までの底のない真っ黒な目に戻った。
私は、ゆっくりと息を吸い、目を閉じ、言った。
「絶対に、やらない。私はあんたとも、あいつらとも違う」
振り返り、夕日を背にして歩き出す。
その瞬間、背後で彼の声がした。
落ちてマンションの影に隠れた私には、何も聞こえなかった。
そして私は、ゆっくりと目を閉じる。
そして、何度も繰り返した想像をする。
想像に留め、やろうと思わなかったことを。
あいつらが、酷く醜い、可哀想な姿に壊される光景を。 顔は酷く醜くなり、不細工な顔に歪んだ。それは哀れで可哀想なほど汚らしい声を漏らした。
想像し、目を開けた。
落下中の私はなぜ、背を向けたはずの夕日が正面にあるのか気になった。
夕日は酷く神々しく、あまりにもそうなので私は思わず強く目を瞑った
「………え?」
瞬間、私は屋上にいた。
太陽は元の位置にあった
「夢…?」
辺りをキョロキョロと見渡し、自分の身体を確かめる。すると、聞き覚えのある声がした
「残念だけど、夢じゃないよ。そして、君は死ねないよ 」
少年はニヤリと微笑みながら言う
「僕の話を最後まで聞いて、了承する。その瞬間まで」
少年は、冷たく真っ黒な闇を孕んだ目のまま、私に告げた
一歩 傀儡 @KuLAi
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