第7話

ステージ袖。カーテンの向こうから、ざわざわと観客の気配が伝わってくる。


「あと3分で出番です」

スタッフの声に、奈々の心臓が跳ねた。


手が震える。呼吸が浅くなる。

ステージ衣装の胸元をそっと握って、奈々は目を閉じた。


「大丈夫。私たち、ちゃんとやってきたから」

真央がそっと手を握ってくれる。


その隣では、優衣も黙って立っていた。

昨日のような険しい空気はない。けれど、まだ完全に打ち解けているわけでもない。


でも——

「失敗したら、責任取ってよね」

優衣がぽつりと呟いた。


「…うん。取るよ」

奈々は、冗談っぽく笑いながら答えた。

その笑顔に、優衣は少しだけ目を細めた。


——照明が落ちる。観客が静まり返る。

そして、イントロが流れ始めた。


ステージに出た瞬間、奈々は息を呑んだ。

まぶしいライト、客席の奥の闇、緊張で足がすくむような感覚。


でも、音が鳴っている。みんながいる。振りを思い出す。

一歩、一歩、前へ。


真央とアイコンタクトを取りながら動き出すと、自然と体が踊りを覚えてくれていた。


ミスは…あった。

けれど、すぐに立て直せた。

笑顔も、ぎこちないながら必死で保った。


そして——ラストのサビ。


奈々は、ふと客席の一番後ろに視線を向けた。


そこに、圭吾がいた。


まっすぐ、彼女を見つめていた。

その視線に背中を押されて、奈々は最後まで全力で踊りきった。


——曲が終わる。


一瞬の静寂のあと、拍手がスタジオを満たす。

温かい、リアルな音。


カーテンが下がり、奈々はその場にしゃがみこんだ。


「やった…終わった…!」


目頭が熱くなるのを感じながら、そっと涙をこらえる。

真央も、優衣も、皆が肩をたたき合っていた。


ステージの裏、照明の影で。

初めての拍手が、心に深く響いていた。


その夜、奈々のスマホにメッセージが届いた。

差出人は、圭吾。


『今日の君、ちゃんと光の中にいたよ。描きたくなるくらい』


奈々は、そっとスマホを胸に抱いた。


この世界で、生きていく。


そう、少しだけ強く思えた夜だった。

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