第6話

仮ユニットの初ステージまで、あと3日。


ステージは、事務所主催のプレ公開イベント。観客は関係者と一部ファンのみだけど、それでも奈々にとっては“人生で初めてのステージ”だった。


「緊張して死にそう…」

鏡の前でポニーテールを結び直しながら、奈々はぽつりとつぶやく。


隣では、真央が柔らかく笑った。

「誰だって最初はそう。私なんてデビューのとき、リハで3回転んだから」


「え、うそ…」

「ほんと。だから大丈夫。転んでも、笑って立ち上がれば、それでプロ」


その言葉に、奈々は少しだけ笑った。


レッスンの合間、廊下の自販機で水を買おうとしたときだった。

どこからか視線を感じて、ふと振り返ると——圭吾がいた。


「……久しぶり」

彼はいつものようにスケッチブックを抱えていた。


「この前の…レッスン、見てた?」

「うん。あれから、何枚も描いた」


彼はスケッチブックを開いて見せてくれた。そこには、ステージ衣装を着た奈々が、スポットライトの中で笑っている姿があった。


「…まだステージ立ってないのに、なんで笑ってる絵なんですか?」


「なんとなく、そうなる気がしたから」


圭吾はそう言って、少しだけ照れくさそうに目をそらした。

奈々は、その絵をじっと見つめた。


——本当は、笑えるかどうかなんて分からない。

でも、この絵の中の自分は、確かに前を向いている。


「ありがとう。…明日、頑張れそうな気がします」


「楽しみにしてる」

そう言って、圭吾は去っていった。


その背中を見送ったあと、奈々は深く息を吸い込んだ。


自信なんて、まだない。

でも、“誰かの目に映る自分”を信じてみようと思った。


この世界で輝けるかどうかは、まだわからない。


でも——

“はじめの一歩”を踏み出す光の中で、奈々の物語は確かに動き出していた。

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