第8話

初ステージから一夜明けた朝。

奈々のスマホには、通知の嵐が届いていた。


「え、なにこれ……」


事務所公式が投稿したステージ動画が、すでに1万再生を超えていた。

リプ欄には応援コメントが並ぶ中、チクリと胸に刺さる言葉もあった。


「センターの子、なんか浮いてない?」

「笑顔ぎこちないな〜」

「真央ちゃんのほうが上手!」


手が止まる。

画面の文字が、じわじわと心に染み込んでくる。


夢のはずだった舞台の翌日。

奈々の心は、思った以上に重かった。


その日のレッスンも、なんとなく声が出なかった。

笑顔も引きつっていた。


「どうしたの、奈々?」

真央が心配そうに声をかけるが、「大丈夫」とだけ返してごまかす。


休憩中、屋上に出て、ひとり空を見上げていた。


そのとき、後ろから声がした。


「…ネット見たんだ?」


振り返ると、圭吾が立っていた。

手には、いつものスケッチブック。


奈々は思わずうなずいた。


「全部じゃないけど…ちょっと、見た。…いや、見すぎた」


圭吾は奈々の隣に立ち、空を仰いだ。


「僕、絵をSNSに載せるとき、めっちゃ緊張するよ。

 “下手”って言われたら、もう一生描けなくなるんじゃないかって思う」


「わかる…ほんとそれ…」


奈々は苦笑したあと、ぽつりとつぶやいた。


「やっぱり、私には無理なのかな。

 センターとか、ステージとか…人前で光るなんて」


「でも奈々、立ったじゃん。昨日のステージ、ちゃんと真ん中で」


その声に、はっとした。


「怖かったら、逃げてもいい。けど——

 その場所に“立てる子”は、そんなにいないよ」


圭吾はスケッチブックを開いた。

そこには、昨日のステージで目を閉じて歌う奈々の絵が描かれていた。


「誰かに何を言われたって、僕の中では、きみは輝いてた」


その言葉に、奈々の目の奥が熱くなる。


「…ずるいよ、それ。そんな風に言われたら、頑張るしかなくなるじゃん」


「それ、狙って言った」


ふっと笑う圭吾に、奈々もようやく笑えた。


誰かのひと言で、心は簡単に折れそうになる。

でも、誰かのたったひと言で、また立ち上がることもできる。


まだ自信はない。

けれど、奈々はもう一度ステージに立ちたいと思った。


今度は、もっと自分らしく笑うために——。

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