第5話

仮ユニットのレッスン初日。

奈々はいつも以上に緊張していた。


今日は、ユニットメンバーとして初めての振り合わせ。

ポジション、表情、立ち位置──すべてが“評価対象”になる。


スタジオに入ると、すでに他のメンバーは集まっていた。

その中に、優衣の姿もあった。


「……あれ?優衣ちゃんも?」

「うん。代打で数日だけ入るって」

真央が小声で教えてくれた。


優衣は何も言わず、鏡の前で黙々とストレッチをしている。

奈々はどう声をかければいいか分からず、そのまま距離を置いた。


レッスンが始まる。

ダンスの難易度は高く、フォーメーションも次々変わる。

必死で食らいつこうとする奈々に、何度かミスが続いた。


「そこ、またズレてるよ」

鋭く指摘したのは、優衣だった。

いつもの柔らかな声ではなく、冷たいトーンだった。


「ごめんなさい…」

奈々は縮こまりながら頭を下げる。


「ほんとに…これでセンター立つつもり?」

その一言に、スタジオの空気が凍りついた。


「優衣、それ言いすぎ」

真央がフォローを入れようとするが、優衣は黙ったまま鏡を見つめ続けた。


レッスンが終わったあとも、奈々はどこか胸がざわついていた。

悔しい。でも、反論できるほど自信もない。


一人で帰ろうとしたそのとき、廊下で優衣が立ち止まっていた。


「……私ね、最初から見てたんだよ。あんたが入ってきたときから」


「え?」


「下手だった。でも、いつも一番遅くまで残ってたよね。そういうの、ちゃんと分かってる。でも…」

優衣は少しうつむいてから続けた。


「私だって、必死だったの。選ばれたかったよ。本気で、センター目指してた」


その言葉に、奈々はようやく気づいた。

優衣がただ意地悪だったわけじゃない。彼女もまた、夢のために戦っていたのだ。


「……ごめん。私、気づけなくて」

奈々の声は震えていた。


優衣はそれに何も返さず、小さく息をついて去っていった。

でも、その背中は、どこか少しだけ柔らかくなっていた。


ライバルは、敵じゃない。

同じ夢を目指すからこそ、ぶつかってしまうだけ。


奈々の心の中に、また一つ、大人への階段ができたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る