第4話
「藤城奈々、仮ユニットメンバーに選出」
レッスン後、スタッフからの発表があった瞬間、スタジオの空気が変わった。
一瞬の静寂のあと、拍手が起きた。でもその音は、どこかぎこちなく聞こえた。
「すごいじゃん、奈々!」
真央がすぐに駆け寄ってくれた。
「ありがとう…でも、なんで私が…」
奈々自身が一番驚いていた。まだ完璧に踊れるわけでも、目立つ存在でもないと思っていたから。
「きっと、誰かにちゃんと見られてたんだよ」
真央の言葉に、昨日の圭吾の声が重なる。
『君の踊り、目に止まった』
それでも、全員が祝福してくれているわけではなかった。
スタジオの隅で、ひとりの子が視線を逸らしていた。
三浦優衣——もともと注目されていた練習生のひとり。
彼女は実力もあり、カリスマ性もあった。
なのに、今回は奈々が選ばれた。
「……運がよかっただけでしょ」
優衣のつぶやきが、確かに聞こえた。
奈々は黙ったまま、更衣室へ向かった。
⸻
「……疲れてる?」
スタジオの廊下で待っていた圭吾が、声をかけてきた。
「…見てたんですか、今日のこと」
「うん。選ばれた瞬間、ちょっと顔、強張ってた」
彼はそう言って、小さく笑った。
「プレッシャー、ありますよね。まだ全然、完璧じゃないし…」
奈々がぽつりと言うと、圭吾はスケッチブックを開いた。
そこには、踊っている奈々の横顔があった。
汗で髪が貼りつきながらも、まっすぐ前を見ている自分。
「この顔、してたよ。ステージの上で」
「……私、こんな顔してたんですね」
奈々はその絵を見て、少しだけ背筋が伸びた。
自信じゃない。ただ、逃げたくないっていう気持ちが、ほんの少しだけ強くなった。
「圭吾くん、ありがとう」
「どういたしまして」
そう言って、彼はまたイヤホンを片耳につけて、スタジオの奥に消えていった。
奈々は、スケッチブックに描かれた自分の姿を思い出しながら、心の中でそっとつぶやいた。
——がんばれ、わたし。
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