第3話

翌日。スタジオには、昨日の少年——圭吾の姿があった。

けれど彼は、ダンスのレッスンに参加するわけでもなく、スタジオの隅でスケッチブックを開いていた。


「…何してる人なんだろ」

奈々はダンスの合間に、ちらりとそちらを見た。


圭吾はイヤホンを片耳にだけつけて、真剣な表情で鉛筆を動かしている。

時々、鏡越しにこちらを見て、また描きはじめる。

誰かをモデルにしているようにも見えるその仕草に、奈々は不思議と目が離せなくなった。


「彼、何者か知ってる?」

隣で休憩していた真央が、声をひそめて言った。


「昨日ロビーで見かけて…スタッフさんに呼ばれてました」

「うん、私も聞いたんだけど、どうやらアートスクールの学生さんらしいよ。今回、プロモーション用のビジュアルづくりで絵を担当するんだって」


「絵を…」

奈々は納得したように頷いた。たしかに、あの集中力と視線はただ者じゃない。


レッスンが終わり、奈々がペットボトルの水を飲んでいると、ふと誰かが近づいてきた。


「…あのさ」


声をかけられて顔を上げると、そこには昨日の彼、圭吾がいた。

距離が近くて、奈々はとっさにペットボトルを持ったまま固まってしまった。


「…君、さっきのステップ、途中でテンポ変えたよね。そこ、よかった」


唐突な言葉に、奈々はぽかんとする。

褒められた、というより…観察されてた?


「え…えっと、見てたんですか?」


「うん。モデル探してたんだけど、君の踊り、なんか目に止まった。…名前、聞いてもいい?」


不意に鼓動が速くなった。

まっすぐ見つめられて、息が少し詰まる。


「…奈々です。藤城奈々」


「そっか。じゃあ、よろしくね、奈々」

そう言って圭吾は微笑み、再びスケッチブックを手にして離れていった。


その背中を見つめながら、奈々は自分の胸が妙に騒いでいることに気づいた。


——まさか、またここで誰かと出会うなんて思ってなかった。


ステージの光の向こう側で、もう一つの物語が静かに始まろうとしていた。

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