第2話


「やべ、忘れてた。」


 すっかりモンスターの存在を忘れていたらセージが叫んだ。


「うわあ! え、旦那がまだあいつ討伐してないんすか?! それだけ強いんで、」


「ちげーよ。」 


 アワアワとさっきとは別の意味で焦り出したセージの頭にゲシっと蹴りを入れて否定してやった。


「え、じゃあなんでまだ生きてるんすか?」


「あいつ、お嬢さんが剣じゃ斬れねえっていうから、話聞こうと思って結界で閉じ込めてたんだが、お前が失血死寸前だったのに気づいて、先にお前を治したんだよ。」


「あ、そういうことっすか。」


「で、どうなんだよ。」


 納得しているセージは無視して問いかけた。主語のない質問にセージはすぐに答えた。


「まぁ、俺たちじゃ刃が通らなかったっすけど、旦那ならいけると思いますよ。旦那にとっちゃあ、通常個体も変異個体も大して変わらんでしょ。」


 戦力分析が得意なセージが俺なら斬れるというなら、そうなんだろう。さっさとトドメさせば良かったな。まぁ、そのおかげでセージが生き残れたんだが……

 

「それなら、お前は他の生きてる奴の手当をしろ。あのお嬢さんたちも離れさせろ。」


 さっさとうるさい熊公を討伐するため、俺はセージに背を向けて今度こそ刀を抜いた。俺の後ろで「了解しました〜!」という軽快な声を聞きながらモンスターの目の前まで近づいた。結界越しにじっくり観察したが、やっぱり体色以外はレッドグリズリーそのものだった。こりゃあ、変異個体で確定だな。詳しく調べるのはモンスター研究所の職員たちだろう。

 セージがいそいそと息のある仲間たちを担ぎながらお嬢さんたちにも声をかけた。


「ささ、お嬢様、リラさん、ここは旦那にお任せしてここから離れましょう。」


「え、でも……」


「大丈夫っす! あの人にとってあいつはただの熊公ですから! いつまでもここにいたら旦那の足手纏いになっちゃいますからねー。ほらほら。」


「は、はい……」


 セージは加勢しなくていいのかと思っていそうな顔で令嬢が戸惑ったが、セージもそれがわかったのかすぐに否定して二人の背中を押していた。セージたちが俺から十分距離を離したのを確認して、結界魔法を解くと、熊公が消えた結界に首を傾げるがすぐに俺を見つけて爪を振りかぶってきた。バカの一つ覚えみたいに同じことするので、振り下ろされる爪を受け止める前に、爪の付け根を狙って刀で切り裂いた。


「ギャオオオオオオオ!!」


 爪の付け根から血が噴き出し、痛みで熊公が雄叫びをあげた。俺は結界を張って返り血を浴びるのを防ぎつつ、首が狙えることがわかって安堵した。女が怖い思いをする時間は、短ければ短いほどいい。熊公が痛みに耐えながら俺に向けて突進してきたので、すれ違いざまに首を跳ね上げた。もちろん、返り血で汚れたくないので結界を張ったままだ。首を刎ねられた熊公は力を失って地面に倒れ込むのを見ることも、吹き出した血で結界が真っ赤に染まるのも気にすることなく、刀についた血を振り払って落とした。それでも落ちない血は水魔法で洗い流し、そのままでは錆びるため風魔法で瞬時に乾かした。鞘に収めながら返り血防止の結界を解けば、血がボトボトと地面に落下した。討伐完了した俺が避難したセージたちを振り返ると、令嬢が駆け寄ってきた。


「あの、お怪我はありませんか?!」


 さっきまで襲われていて助けられた女が、助けた男を心配するとは思わなかった。驚きで呆気に取られて返事をしない俺を気にすることなく、令嬢は俺の全身を確認し始めた。俺の周りをうろちょろするのは小動物感?子犬感?があって可愛らしいと思う。


「えっと、俺に怪我はないんだが……」


「それなら良かったです。」


 一通り確認して俺の顔を見れば、ほっとしたように息を吐いた。優しい女のようだ。貴族の令嬢、高位になればなるほど、傲慢で、我儘で、自分が世界の中心であるかの如く振る舞うやつか、高貴なる者の義務ノブレスオブリージュとか言って綺麗事や理想論しか並べない頭お花畑野郎しかいないイメージだった。実際、そういう令嬢が多いからな。甘やかされてきた令嬢なら当然だし、この前見た貴族の令嬢という女も我儘だった。でも、この令嬢は、どちらかというと……言っちゃ悪いが貧乏貴族に近い。そういう家だと感覚が平民に近くなる。彼女は俺たちを気遣う分、それに近いのに、見た目が高位貴族で少し違和感があった。あとで調べてみるかと考えていると先に名乗ってきた。


「私はベリアス伯爵が三女、リリアーナ・ベリアスと申します。この度は助けてくださり、ありがとうございます。あの、よろしければあなたのお名前をお聞かせください。」


「アドルファスだ。」


 綺麗なカーテシーでお礼を言われるのは予想していた。でも、まさかキラキラした目でみられるとは思わなくてさらっと名前を言ってしまった。いや、恩を売るつもりだったし、それは別にいいんだがモンスターの首を刎ねるというグロい場面を見て笑顔を向けられるとは予想外だぞ……?


「まぁ。では、やはりSランク冒険者のアドルファス様なのですね?」


「確かに、その通りだが……」


「まさか、こんなにかっこいい方だったなんて……」


 うっとりした顔で見られてちょっと戸惑った。なんだその顔……助けられたから惚れたとか? まぁ、そんなこともある……いや一度もねぇよ。もしそうならちょろいだろ。やめやめ。俺の顔に寄ってきただけですぐに飽きる……いや今は仮面してるから顔見えてねぇな? 


「あ、いえ、なんでもありません。あとでお礼をしたいので、少しでもお時間を作っていただけると嬉しいです。と言っても、私ができることはあまりないのですが、精一杯お礼をしたいと思っています。」


 んー、どうするか。なんか、目の前の女からは面倒ごとの匂いがプンプンするんだよな……

 理由その一、ベリアス伯爵家といえば金持ちだ。それなのに娘の護衛が冒険者五名だけということ。金持ち令嬢なら、Cランクパーティーを最低でも三パーティぐらい雇うだろう。盗賊に襲われる危険があるからな。

 理由そのニ、ベリアス伯爵家と言えば王族との縁を虎視眈々と狙っているという噂で最近では第三王子と長女との婚約に成功させたとか。それだけなら理由にはならないが、俺が言ってるのはそのあとだ。なんでも第三王子との婚約成立後、様々な有力貴族や商人と交友を広めてコネを作っているそうだ。平民だろうが貴族だろうが関係なく、自分にとって有益になりそうなやつは手元に置いておきたいという辣腕っぷりなので、多分Sランク冒険者の俺も目をつけられるだろう。

 強い冒険者を抱え込めば簡単に金稼ぎができるし、屋敷のセコムとしても重宝される。社交シーズン直前となると、貴族が中央都市まで移動するときに護衛をしてくれと依頼をしてくることも頻繁にある。俺もされたことがあるけど、基本的に一見さんお断りだ。

 色々と恩を売れればいいとは思ったが、さすがにベリアス伯爵だと面倒ごとの予感しかしねぇ……


「いや、死なれたら目覚めが悪いだけだ。気にするな。」


「え、でも、」


「じゃ、そういうことで。セージ!」


 有無を言わさずに遠くにいるセージに声をかけた。仲間の手当てをしていたセージが振り向くと、手を振って返事をしたので、俺はそのまま声をかけた。


「はーい!」


「あとは自分たちで帰れるか?!」


 本来なら令嬢を街まで送るなり、怪我人を運ぶなり色々あるだろうが、面倒になる前に消えたほうがいい。代わりの馬車でもレンタルしてよこしてやっから許せ。


「大丈夫っすー! 助けてくれてありがとうございましたー! ポーションのお礼はいずれー!」


「飯一週間分だ!」


「やっさしいーー!!かっけーっすー!!」


 ヒューヒューと冷やかしの口笛が飛んできたがいつものことなので今回はスルーしてやる。一応死にかけてたしな。失礼だとは思うが、引き止めようとした令嬢が手を伸ばすので、俺は転移魔法で街の宿屋の部屋に飛んだ。俺の拠点であるこの宿は、安宿にしては飯がうまくて量もあって重宝している。仲良くなった宿屋の店主が良くしてくれるのもあって、気に入っている。


 そんな宿の部屋にノックの音が響くと部屋が開かれた。


「おや、アドルファス。もう帰ってきたんだな。おかえり。」


 ドアを開けて入ってきたのは俺の祖父であるゼイスで、冒険者だったが俺たちの村が襲われたときに足を怪我して引退している。村は俺たち以外全滅したため、移動しながらこの街に来た経緯があるんだが、今では冒険者として活動してるんだから、人生何があるかわからない。


「ただいま。転移魔法で飛んできたところだ。」


「そうか。飯は食べたか? まだなら食堂に行こう。今日はアドルファスが好きだと言っていたハンバーグステーキが出るらしい。」


「また夫婦喧嘩か。」


 俺がこの宿を気に入ってる理由の一つなんだが、この宿屋を経営してる夫婦はよく痴話喧嘩をする。そのタイミングでお袋さんが店主への苛立ちを、ハンバーグに込めて捏ねるらしい。なぜかこれがめちゃくちゃうまいんだよな。ハンバーグのタネに込められた苛立ちがうまさに変わってるというのは複雑だがな。

 ゼイスと一緒に、今日もまたうまいだろうハンバーグステーキを食べに部屋を出た。

  

 


 一ヶ月後。

 偶然、ベリアス伯爵の娘であるリリアーナを助けてしばらく経過した。その間、俺は普通に冒険者活動してた。たまにギルドに顔を出せばリリアーナがいた時もあって、その時はもちろんUターンした。毎回時間を変えてるのに何回か遭遇しかけたから、向こうも向こうで時間を変えているらしい。昨日なんかギルド職員と仲良くなってたから、おそらく俺のことを探してると言ってたんだろう。捕まるのも時間の問題だなとうんざりしていた時だった。

 活動拠点である宿部屋のドアがノックされる音が響いた。


「もしもーし。狼さんがきましたよー。アドルファスさんはいらっしゃいますかー?」


 随分と間延びした声が聞こえた。ゼイスと目を合わせてお互いに頷いたのを確認して、入れと声をかけた。


「失礼しまーす。お久しぶりですね、お二方。」


「テオドールがこっちにくるなんて珍しいな。」


 頬に十字キズのある男はテオドール。今年15歳になる子供だ。5年前、親から家を追い出された瞬間を見かけたところを拾ってから懐かれている。


「アドルファスさんが助けたご令嬢のことで、ご報告が。」


「聞こうか。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る