第3話
私の名前はリリアーナ・ベリアス。ベリアス家の三女なのだが両親に似ていない容姿のせいで、両親からは無視され、姉たちには侍女のような扱いを受けている。なぜそんなことをしなければならないのかと反抗した時期もあったけど、反抗すればするほど逆上した姉たちに打たれるので、早々に諦めることにした。痛いのは嫌いだから。
大人しく従っていれば、嫌がらせはされるけど痛いことはされないから別にいい。それに、私にはリラーレがいたから、どうでも良かった。それは今回も同じ。
「中央都市まで護衛なし、ですか。」
珍しく父に呼ばれて執務室に行けば、開口一番にお前には一人で中央都市に行けと言われた。護衛をつけないからそのつもりで、と。
私は来月から、王立学園に通う予定だった。その移動手段の話なのは予想通りだったけど、まさか一人で行けとは……
「貴様に割く金なんて勿体無いだろ。さっさといけ。」
一人で行くことは別に構わない。その間、姉たちの世話や八つ当たりに付き合わなくて済むから。だけど、護衛なしで都市まで移動するのは自殺行為に等しい。ずっと街道を進むとは言え、モンスターが出ないわけではないし、盗賊も出る。昨今では盗賊が貴族を襲う時、身代金は要求せずその場で殺し、身につけているものを奪って換金するようになった。身代金目当てに誘拐しても魔道具の発展で居場所がわかるような道具を身につけていることが多いため、結果的に騎士に捕まることが多くなったからだ。身代金目当てなら命が助かるかもしれないけど、そうじゃないため貴族は護衛を雇うのが常識だ。それなのに私は護衛なし、と。十人もつけられるとは思ってない。少なくとも三人はいると思っていたのに……
こいつはどれだけ私に無関心なのだろう。私が死のうが生き残ろうがどうでもいいんだ。いっそ、死んでくれたほうがいいと思ってても不思議じゃないし、私は納得さえするだろう。まぁ、もとより期待なんてしてないけど……
「……かしこまりました。」
ここで反論しても無意味だもの。私は、大人しく従うまで。いつものことだしね。
そんな話をしてから一週間後。私は最低限の荷物を持って馬車に乗り込んだ。貴族だとわかる馬車に、護衛なしで行くことの危険性を考えたら、正直嫌だけど、乗らないと姉たちが殴ってくるのは目に見えている。それは嫌だ。腹を括るしかないと乗り込めば、屋敷の窓から姉二人がニヤニヤとして見下ろしていた。本当、飽きないわね。
「あのクソ女ども……」
私の正面に座った侍女、リラーレがドスの聞いた声で拳を握りしめた。
「いいのよ、リラーレ。それより、楽しみね。」
私を心配して、姉たちに怒りをぶつけてくれるのはリラーレだけ。それがわかって嬉しい。リラーレだけが私のそばにいてくれる。そんなリラーレを守るために、リラーレには姉たちに反抗するなと命令している。姉たちも、リラーレは子爵家の令嬢とはいえ、お父様の大事な取引先の娘だからと手を出さないから、比較的安心はしているけど、それが学園に通えばもっと安心できるし、リラーレと寮生活になるから楽しみでもあった。
「そうですね。学園でお友達を作りましょう。」
「できるかしら。」
「きっとできますよ。」
私には友人がいない。姉たちの嫌がらせを恐れて、人が離れていってしまうから、期待はしないわ。
なんて、考えていた。その少し後に、モンスターに襲われた。ゴブリンたちだったので、私とリラーレで対処できたと思ったけど、ゴブリンたちの血の匂いにおびき寄せられたボアラックという猪型のモンスターが来てしまった。ここで終わりなのかと思った時、レッドバードという、五人の冒険者パーティーに助けてもらった。
剣士のセージさん、斥候のボラスさん、魔法使いのエンビィさん、格闘家のアルスさん、盾使いのバスターさんだった。新人であるアルスさんとバスターさんの教育の一環として、ベリアス領にある『宵闇のダンジョン』に来ていたそうだ。中央都市に帰るついでに護衛してくれると言うので、一度はお断りしたものの、リラーレが信用できるのでは?と言うので、お言葉に甘えることにした。リラーレは嘘を見抜くスキルがあるからあまり人を信用しないのだけど、それだけレッドバードの皆さんが裏表のない人ということなのだろう。
五人と一緒の旅路はとても楽しかった。ボラスさんの索敵でモンスターと遭遇することも少ないし、セージさんは話し上手で会話が尽きなかった。その中で話題に出たのが、アドルファスさんというSランク冒険者だった。新人じゃない三人はアドルファスさんに弟子入りして鍛えてもらったことがあるらしい。
三人の話では、めちゃくちゃ怖いし、口が悪いし、鬼教官だったと。モンスター部屋というモンスターが永遠に出てくるんじゃないかってぐらい湧き出る場所に放り込まれたことも多いらしい。散々な目にあったとぼやいていたけど、そのおかげで強くなれたと感謝もしていた。
それと、アドルファスさんが戦う時は目が離せないらしい。モンスターの首を跳ね飛ばしたり、血が噴き出たりして普通なら目を逸らしたいはずなのに、なぜか目が離せなくてずっと見てしまうと。人を惹きつけてしまう魅力があると。すごいと尊敬していた。
私はモンスターの首を跳ね飛ばすと聞いて、屈強な、筋肉もりもりの人かなと勝手に想像した。だけど、その想像はいい意味で裏切られた。
あと少しで中央都市に到着するだろうというタイミングで、本でしか見たことがないレッドグリズリーと出会ってしまった。レッドバードはCランクパーティなのだけど、レッドグリズリーはBランクモンスターのため、五人では対処できない。街に行くほうが賢明だということで、御者以外全員で、魔法や目眩し、剣で筋を切るなどの時間稼ぎをすることになった。
でも、魔法などでの時間稼ぎは有効だったけど、剣は刃が通らなかった。セージさんの剣にヒビが入ってしまうほど硬い皮膚で、黒い体色も考えて変異個体だろうという結論が出た。セージさんたちが悪態をついて悔しそうに、全力で逃げる選択をした。冒険者の彼らだけなら逃げられるはずなのに、私たちを見捨てずに守ってくれた。
しかし、それも虚しくレッドグリズリーの爪が馬車に向かって振り降ろされた。流石に死ぬことを覚悟したその時、馬車の窓からバスターさんが庇ってくれたのが見えた。同時に、リラーレが私に庇うために覆い被さったため、視界が暗くなった。そして、強い衝撃に馬車が横転した。その時に肩を強く打ち付けてしまったのだけど、痛みより先にリラーレとバスターさんの怪我を心配した。リラーレは無傷だったけど、バスターさんは首がありえない方向に向いていた。あれは即死かもしれない。そんな時だった。
もう一度、モンスターの爪が振り下ろされると思って目を瞑ったが、ガギンっという音がした。どこも痛くなくて目を開ければ、透明な壁のようなものが私たちを包むように展開されていた。結界魔法だとわかって、誰がしたのだろうと周囲を見渡したら、青空のような鮮やかな青い魔力を纏う黒いマントを羽織った人がこっちにすごい速度で走ってきていた。その人の手元の空間から不思議な剣が取り出された時、いけないと思った。思わず叫べば、モンスターの周りに結界が張られた。閉じ込められたモンスターを気にせず、マントの人が私たちに駆け寄ってきた。
「お嬢さん方、怪我は?」
まず先に、私たちの怪我の確認をしてくれた。近くに来たことで、フードに隠れた顔が……いえ狐の仮面が見えた。少し驚いたけど私は怪我はないと告げて、それからセージさんたちの様子を見た。私たちよりずっと重症で、セージさんに至っては血がたくさん流れていた。あのままでは、セージさんも……そう思っていたら、狐の仮面をつけた男性が懐から何かを取り出しながらセージさんに近寄った。何をするのだろうと見ていたら、小瓶を取り出して中身をセージさんに振りかけていた。血が流れていたお腹が、みるみるうちに肌色に変わっていき、綺麗さっぱり傷が消えた。あれがポーションだろうか。便利だなと思っていたら、セージさんが目を覚ました。狐の仮面の方を「アドルファスの旦那」と呼びかけたので、あの方が話題に出たアドルファスさんなのでしょう。
そして、本で読むしか目にすることはないと思っていた最上級ポーションが使われていたらしい。リラーレが「はぁ?!」って顔してた。あ、本当に最上級ポーションなんだ。リラーレが「そんなバカな……いや、でも、嘘ついてないし……」とぶつぶつ何か呟いていたらモンスターが雄叫びをあげて結界を叩いた。結界を勢いよく叩くので、今にも壊れるのではないかと見ていたら、セージさんに離れてと促された。アドルファスさんが一人で対処するような雰囲気だった。変異個体という話なのに、いいのかと思っていたらセージさんにニコッと微笑まれた。
「まぁ、見ててください。旦那なら、絶対にあいつを倒しますよ。心配無用です。」
セージさんの言葉に頷いて離れると、アドルファスさんが私たちが離れたことを確認した。その後にモンスターが閉じ込められた結界が解除されて、モンスターが襲いかかった。それに対して、アドルファスさんは無造作に振っただけ。そんな攻撃が通じるのかと思うまもなく、モンスターの爪が数本飛ばされた。
「うそ……」
「さっすが旦那っすねー。」
セージさんだけは嬉しそうにしていたのに対して、私たちが信じられない気持ちで見ていた。でも、次の瞬間にはモンスターの首が跳ね飛ばされていた。とても凄惨な場面のはずなのに、私はなんでもないように剣に付着した血を振り払う彼から目が離せなかった。
気づいた時には走り出していて、怪我はないかと聞いていた。攻撃を受けたのは見ていないからないはずだと頭ではわかっていたのに、聞かずにはいられなかった。戸惑っていたけど、怪我はないと返してくれて安堵の息を吐いた。
そして、怪我の確認の時にちゃっかり全身を見たのだけど、私より背が高く、女の私とは違った男らしい首や喉仏、マントでわかりにくいけど背中の広さや体格にドキドキし始めた。私を守るために死んでしまった人や怪我をした人がいるのに、そんなこと考えられなかった。どうしてもこれだけで終わらせたくなくて、言葉だけではなく何かしたいと思ったのだけど、あっという間に逃げられてしまった。
目の前で消えてしまったので、おそらく転移魔法を使われたのだと思う。残念に思ったけど、隠しきれていない滲み出ただけなのに魔力が鮮やかで、いざ魔法を使えばキラキラと光を反射するような色になった。
あんな魔力、見たことがない。どうしようもなく、アドルファス様に興味を持った。
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