第1話
「レッドグリズリーが5体、ワイバーンが10体、スケルトンが30体、リッチが1体……まぁ、こんなもんか。」
冒険者ギルドから依頼された依頼書の束を捲りながら討伐モンスターを確認し、次に薬草、武器作成に必要な素材等の確認を終えたところで、自己紹介をしよう。俺の名はアドルファス。フェルナード王国の中央都市ベールリアスを活動拠点にしているSランク冒険者だ。冒険者とは、人間や作物などに害を及ぼす魔力を持った動物、モンスターと呼ばれるものの討伐を始めとして、薬などの材料となる薬草の採集や、行商人や貴族たちの護衛、街の清潔を保つための清掃、迷子になったペットの捜索、猛犬の散歩など、依頼料を払えばなんでもやる、「便利屋」だ。「何でも屋」とも言う。基本的に、7歳以上の子供であればギルドで冒険者登録ができる。
大きな町であればあるほど、この冒険者ギルドは存在し、活動拠点にする冒険者も多くなる。中央都市ともなれば冒険者は相当な数になる。
さて、そんな冒険者の中にも、ランクというものがある。下から順番に、F、E、D、C、B、A、Sの7段階ある。一般的に、Bランクが頭打ちとなり、Aランク以上になれるのは一握りの存在だけであり、王家から一目置かれ、認められれば一代限りの爵位をもらえることもある。え、俺? 爵位なんていらないから蹴り飛ばしてる。俺が冒険者やってるのは、とある事情があるからだしな。まぁ、楽しんでないかと言われると否定はしないけど。
「って、誰に言ってんだか……暑さで頭やられたか? いや、まぁ、暑すぎてこんなこと言ってないとやってられないんだけどな……」
現在、俺は灼熱地獄の中にいる。と言うと語弊があるが、フェルナード王国の夏の時期は、太陽が激しく照りつける。それなのに熱を集める黒色のマントを着ている。かなり熱気がこもって脱ぎたいのだが、冒険者活動してる時は顔を見られたくないから、仕方ない。Sランク冒険者というのは歩いてるだけで注目を集めるし、自分で言うのもなんだが俺の場合は顔がいいらしく女が寄ってくる。化粧臭い、香水臭いしでうんざりしていると知り合いが「羨ま妬ましい」と歯を食いしばるが。女は全員可愛い子猫ちゃんだとほざく女ったらしのことを最初はなんだこのキザな男はと思ったのに、今では少しだけ感心している。あれを全部受け入れられるのは純粋にすげーと思う。見習いたくはないけどな。
チラホラと知り合いの顔を思い出しながら、モンスターが出現する
俺がいた危険地帯であるフェアリッツ森林の北西側にベールリアスがあるのだが、10メートルほどの断崖絶壁になっているため迂回しないとならない。一般的な人間だと大怪我をするので誰もここにこないが、身体強化魔法と物理攻撃耐性を持つ俺であれば崖から落ちても無傷なので、フェアリッツ森林に入った時の帰り道はいつもここから
千里眼というどこまでも見渡すことができるスキルを使ってよく見ると、ついさっき討伐したレッドグリズリーによく似ていた。黒いレッドグリズリーなんて初めて見た。
「まさか、最近発見された変異個体か?」
変異個体とは、突然変異したモンスターのことで、体の色と、体内に持つ魔力の量が増えたこと、その影響で個体としての強さを得たぐらいしか違いはないが危険度がとても上がるため、無視できない。モンスターにも冒険者ランクと同じように、危険度ランクというものがある。基本的には自分と同じランクのモンスターであれば、油断しなければ討伐できる設定になっている。しかし、変異個体となると話が変わってくる。自分の冒険者ランクがEで、普通のモンスターであればEだが変異個体のため最低でも1ランク分上昇すると考えると、その変異種はDランク以上の冒険者が対象になる。FランクモンスターがEランクモンスターならあまり大したことはないが、レッドグリズリーはBランクモンスターで、変異した場合はAランク以上となる。対処できる人間がAランク以上ということになるが、その冒険者は格段に少なくなる。冒険者たちがパーティーを組んで、そのパーティーのランクがAランクなら対処は可能だし、Aランク冒険者を探すよりは楽になるが、今回はそれもあまり期待できない。
今、ベールリアスを活動拠点にしているAランク冒険者やパーティーは、新しく出現したダンジョンへ遠征に出かけている。帰ってくるのは少なくとも一週間後。俺以外に対処できるのは、街にいるBランク冒険者やパーティーだから、あのレッドグリズリーが変異個体ならば、このままでは街が危険だ。
さっさと討伐するかと、その場で一歩踏み出した。一歩先は断崖絶壁ですぐに浮遊感を感じ、落下した。地面へと自由落下していくが、俺は狼狽えることなく身体強化魔法を発動させ、地面に着地した。落下の衝撃で凹んでしまった地面は、いつもなら修復するけど今日だけは修復せずに走った。レッドグリズリーのようなあのモンスターが街に到着する寸前で、俺の魔法の効果範囲に入るだろう。モンスターと自分との距離を目測で概算していると、モンスターが爪を振りかぶった。俺はレッドグリズリーの背後にいるため、前方は見えないが、まさか誰かが襲われているのか。何もないのにいきなり振り下ろす動作をするなんて、普通ならあり得ない。となると、かなりまずい。魔法の射効果範囲まであと100メートルまで接近できた瞬間、再びモンスターが爪を振りかぶった。何かが宙に投げ飛ばされた。弧を描くようにして宙を舞う物体は、何かの木片と、人間だとわかった。致命傷を負ってないことを祈りながら走れば、再びレッドグリズリーが振りかぶった。
「もう効果範囲だ。」
だが、その前に、モンスターが魔法の効果範囲に入ったので、モンスターが振り下ろすだろう場所へ即座に魔法を展開した。それとほぼ同時にガギンッという甲高いような鈍いような、言い表せない音が鳴り響き、モンスターは動きを止めた。
「よし、止まった。」
一瞬で出来た隙に闇魔法の一つ『ダークネス』を使ってモンスターの視界を闇で覆った。戸惑いの声を上げながら目を拭う仕草をするが、そんなものでダークネスは解けない。少しの時間稼ぎのうちに距離を詰めながら異空間から取り出した刀を取り出した。
「あ、待ってください! モンスターは剣では斬れません!」
モンスターの爪痕がある壊れた馬車のそばにいた女が二人、そのうちの一人が明らかに俺を見ており、女の告げた内容が引っかかった。レッドグリズリーであれば所詮は熊だ。剣で斬れないなんてあり得ないが、変異個体の可能性を考えれば、あり得ないと思っていた常識が通じないかもしれない。一旦、刀で斬りかかるのではなく結界魔法でモンスターを閉じ込めることにした。ここは襲われていた彼女たちの話を聞くべきだろう。
刀を持ったまま、熊ではなく彼女たちの方へ近づいた。よく見なくてもわかるが、女性二人のうち、一人は地味なドレス、一人は侍女服を着ていた。貴族令嬢とその侍女ってところか。周囲にいる倒れた冒険者らしき男たちは、雇った護衛ってところか。本来、貴族令嬢だとわかる格好をする貴族令嬢は、護衛を数十人もつけさせて移動する。雇う金がないなら貴族令嬢だとわからない格好をして、馬車も街で貸し出してる料金の安いレンタル馬車か、街と街を移動する平民の乗り合い馬車を利用する。このことを踏まえると、彼女たちの護衛5人というのは少し少ない気はするが、今は後回しだな。
「おま、お嬢さん方、怪我は?」
危ねぇ。さすがに貴族に対してお前らはまずい。急いで言い直せば、気にしてないのか、気にする余裕がないのか、令嬢が返事をした。
「いえ、私たちは特にありません。しかし、彼らが……」
令嬢が周囲を見渡したので言いたいことはわかる。護衛だった騎士たちは無事ではないだろうと。俺も少し様子を見てみたが、5人中二人は即死、残り3人のうち二人は息がありそうだが、一人は大量出血している。今から街へ運んでも間に合わないレベルだな。
「あの、あなたは見たところ剣士のようですし、重傷者とこの子を連れて街へ行ってください。私は少しなら魔法が使えますし、時間稼ぎをします。」
このご令嬢は、魔法で攻撃しようとせず、刀を出した俺を剣士だと誤解しているらしい。さっきモンスターは剣で切れないと言っていたから、剣士の俺より時間が稼げると思ったのだろう。あと、女よりは足が早いから街に行って助けを呼ぶのも、男の方が早いと思っての発言だろう。この令嬢は頭がいいから、この場での最適解を導き出せたのだ。ただし、俺がBランク以下の冒険者だった場合の最適解である。Sランクの俺であれば、最適解は「俺に時間を稼いでもらい、令嬢よりは身軽な侍女が街で魔法使いを呼んでくる」だ。それに、もし俺がBランク以下だったとしても、実践経験があるように見えない令嬢を置いて帰るなんてこと、腐ったことできるわけがないんだよな。もしやったら、親父にぶっ殺される。
さて、どうやってこの令嬢を納得させようかなと考えて視線をずらした時だ。失血死寸前のあの男の顔に、見覚えがある気がした。まさかと思って他の重症者にも目を向けると他の二人も見覚えがある男たちだった。即死してるやつ二人は知らないが、三人は俺のよく知る男だ。
これは恩を売るどころの話じゃなくなった。仕方ねぇ。この前とある薬師から作ってもらった貴重なポーションがある。「作るのが大変難しいんだから大切に使え」と言われているし、もう使ったのかと怒られそうだが、今はそんなこと言ってられない。異空間から該当の小瓶を取り出し、息のある彼らの中で重傷な男に近づいて小瓶の中身を傷口にぶっかけた。
「おら、起きろ。セージ。」
「ん……うん? あれ、なんでアドルファスの旦那が…?」
失血死寸前だった男、セージが目を開けて俺を見た。焦点のあってなさそうな目なのに俺だとわかるのは怖いがな。
「モンスターに襲われてるお嬢さんどもを助けたらお前らがやられてたんで、ポーションぶっかけた。」
「え?! 俺死んだと思ったんすけど?! あ、綺麗さっぱり傷が無くなってる! え、まさかあのポーションを使ったんじゃ……?」
簡潔に状況を説明したら、止まったはずなのに失血死するんじゃないかってぐらい、顔を青ざめさせた。おかしいな。このポーションは失った血液すらも補充するやべーやつなんだが。血の気どこ行ったんだろうな。
「そのまさかだ。」
セージに使ったのと同じポーションをもう一つ取り出せば、セージが叫んだ。
「俺、最上級ポーションを返せるアテはないですよ?!」
小瓶のなかにある、透明度の高い緑色の液体がなんなのかわかって絶叫し、後ろにいた侍女や令嬢はびっくりしたように俺の顔と見比べていた。セージのいう通り、小瓶の中の正体は、この世に出回っている傷薬の中でも一瞬で傷口に作用してしまうポーションで、飲んでよしかけてよしの優れもの。俺が使ったのはそのポーションの中でも、どんなに重傷を負っていても死んでさえいなければ一瞬で怪我を治してしまう最上級ポーションだ。Aランク冒険者が念のため、万が一に備えて一本持っていこうという代物だ。まぁ、俺はもう全部含めて3本もってたがな。
「別にいらねぇよ。知り合いが死ぬところなんて見たら寝覚めが悪いだろうが。」
「旦那ぁ!! 一生ついていきます!!」
「ひっつくな、気色悪い!!」
セージがヒシっと俺の左足に抱きついてきたので、引き剥がそうと右足で踏んづけていたら、結界に閉じ込めていたモンスターが「グオオオオオ!!!」と雄叫びをあげた。
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