地味令嬢とヤクザの若頭が織りなす恋路

結里

プロローグ



 フェルナード王国にはとあるヤクザが存在する。この国にある程度の期間滞在すれば絶対に耳にするほど有名だが、どんな情報網を駆使しても全貌がはっきりしない組織であった。

 とある大商会の話では、経費の上限などを考えずに無制限に金を使った堅牢な警備がされた国王であっても暗殺できてしまうような戦闘力を持ち、情報網も世界でトップクラスの伝手があり、組織の構成員を捉えても"かなり良くても一欠片の情報"しか掴ませてもらえないほど組織への忠誠心も厚く、たった一人の末端構成員のためだけに組織が動くという仲間意識も強いらしい。

 忠誠心、結束力、戦闘力以外に知られていることといえば、「ヴォルフ・ツェーネ」ファミリーという組織名だけ。狼の牙という意味を持つその名はどんなものでも噛み殺すと思わせる恐怖の象徴だが、どちらかというと国民よりも犯罪者たちに恐れられている。ヤクザらしく法を侵してはいるものの、その対象は彼らに危害を加えたものや、彼らに金を借りたが返さないもしくは返せないという自業自得なもの、犯罪者等の日陰者、民を不当に苦しめる悪徳貴族に対してのみ。無闇矢鱈と一般人に手を上げないところは、一部の国民から好意的に受け入れられている。 

 これらの点を踏まえて、フェルナード王家はヴォルフ=ツェーネファミリーを積極的に追わないのが暗黙のルールである。


 そんなヤクザのボスである男が不敵な笑みを浮かべた。


「ふっ……まさかあいつにな。」


 王家ですら手を出すのを躊躇う我らのボスが、たった今届いた手紙を読んで笑った。奥方である姉御と、あの方以外には笑わない人なのに。

 

「嬉しそうですね、ボス。」


「そりゃあそうさ。」


 ボスが俺の言葉に肯定を示すと、読んでいた手紙を差し出されたので、丁寧に受け取った。見慣れた部下の文字が綴られたそれを読んで、俺も少しだけ口角が上がった。これはまた、面白いことになりそうな予感だ。


「バイス、来たら丁重にもてなせ。俺たちで見極めるとしよう。」


「了解。」


 詳細は部下に聞くとして、あの方に春が来るなら、俺たちも歓迎するとしよう。ま、裏切ったら即殺すが……

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