設定:ダンジョン内被害届受理システム
【現代社会とダンジョン:新たな法秩序の構築】
21世紀に入り、日本を含む世界各地に出現したダンジョンは、社会に多大な恩恵をもたらす一方で、新たな課題も突きつけました。
中でも喫緊の課題となったのは、ダンジョン内部における法秩序の確立です。
この問題への解決策として導入されたのが、映像記録ドローンとAIを活用した「被害届受理システム」です。
【システム導入の背景:度重なる悲劇と「法の空白」】
この画期的なシステムの導入は、偶然ではありません。
過去にダンジョン内で発生した、度重なる痛ましい事件がその契機となりました。
特に探索者社会に大きな衝撃を与えたのは「有明ダンジョン置き去り事件」です。
これは、パーティがダンジョン内で連携を崩し、負傷した仲間を見捨てて撤退した結果、その負傷者が魔物の犠牲になったとされる事件です。
生還したメンバーは「やむを得なかった」と主張しましたが、国民からは「仲間を見殺しにすることが許されるのか」という倫理的な問いが突きつけられました。
また、激しい戦闘中に発生する「不慮の同士討ち事件」も問題視されました。
混乱の中で仲間を誤って攻撃してしまった事故が後を絶たなかったのです。
これらの事件では意図的な殺害を立証することが困難であり、当時の法制度では客観的な証拠不足から責任の所在が不明確なまま処理されることが続いていました。
さらに深刻だったのは、ダンジョン内で探索者間での窃盗や暴力行為が発生しても外部からの監視の目が届きにくく、証拠が残りにくいため警察が正式に事件として捜査に乗り出すことができない、という「警察権の空白」です。
これらの度重なる悲劇と、それらに対し既存の法制度が十分に対応できない状況は国民の行政や司法への不信感を頂点に達させました。
特に「あの時の映像があれば」「もっと早く警察が動いていれば」という遺族や関係者の切実な声が社会全体に響き渡りました。
【国民の怒りと法制度の変革】
このような国民の強い要求を受け、政府はダンジョン関連の抜本的な法改正に着手しました。
その議論の中で、ダンジョンから得られる膨大な「異次元資源」の安定供給と、それらが生み出す新たなエネルギー問題への対応が喫緊の課題として浮上しました。
既存の省庁、特に資源エネルギー庁などが持つノウハウは重要であるものの、ダンジョンという未知の領域での資源開発・管理には、従来の枠組みを超えた対応が必要だと認識されたのです。
そこで、経済産業省や他省庁の関連部署から専門家が結集し、ダンジョン関連の資源管理から安全保障、そして法執行までを一元的に担うための新たな国家機関である異次元資源開発管理庁(IR-DMA)が設立されました。
IR-DMAは、ダンジョン内の活動に関する包括的な法整備と、その執行体制の構築を最重要課題と位置づけました。そして、このような悲劇を繰り返さないためには、「客観的かつ迅速な事実認定」が絶対条件であると位置づけられたのです。
【ドローンとAIが実現する迅速な法執行】
被害届受理システムの導入を可能にしたのは、技術の飛躍的な進歩です。
映像記録ドローンの小型化・高性能化は、危険なダンジョン内部に人間が直接踏み込まずに高精細な映像データを収集する手段を提供しました。
また、AIによる映像解析技術の進化は、膨大な映像の中から被害状況や加害者の特定、緊急性の判断を瞬時に行うことを可能にしました。
これにより、人間の判断では遅れがちだった被害届の受理プロセスを劇的に加速させ、警察の迅速な出動を実現したのです。
【システム運用範囲の拡大:ダンジョンから一般社会へ】
当初、このシステムがダンジョン内での運用に限定されていたことには明確な理由がありました。
それは、ダンジョンという「常に命の危険がある特殊な状況」において、発言や行動が生存に直結するため、非常に厳格な判断が求められるからです。
地上社会では、演劇の練習中の台詞や友人間の冗談など、外見上は脅迫に見えても文脈から犯罪に当たらないケースが多々あり、AIがそうした複雑な人間関係や社会の機微を正確に判断することは困難であり、誤認のリスクが高いとされていました。
実際に、システム導入当初のAIの誤検知率はダンジョン内という状況に限ったにもかかわらず最大で10%に達していました。
しかし、その後のAI技術の飛躍的な進歩がこの状況を変えました。
AIは、表情、仕草、声のトーン、そして状況の微細な変化を総合的に判断する能力を獲得し、現在では誤検知率が0.01%という驚異的な低水準にまで改善されました。
これにより、人間の感情や社会の複雑な文脈をほぼ正確に読み取ることが可能になったと判断され、ダンジョン外の一般社会における適用も本格的に検討されています。
現在、このシステムはダンジョン内の事件解決において不可欠なツールとして機能し、私たちの社会が新たな領域に法秩序を適用していく上での重要な一歩となっています。
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