第八話 東条凛のほんとうの名前

「東条 凛」は、仮の名前だった。


 彼女の本名は「相川 凛音あいかわ りんね」。


 高一の冬、前の学校で起きた“ある事件”を境に、彼女は名前を変えた。転校、身分の偽装。すべては、真実を闇に葬るため。それを知っていたのは、彼女の家族と……新聞部OB、安斎 翔平だけだった。


「凛音……それが、本当の君の名前なんだな」

悠真の問いに、凛はまっすぐうなずいた。


「うちの家、教育一家なの。父は教師で、母は市の教育委員会に勤めてた。あの頃、私は“優等生”でいることがすべてだった。……でもね、私、ある教師の不正を“告発”しようとしたの。そして、やめさせられたのは、私のほうだった」


「まさか……」

 野々村が息をのんだ。


「父が、“その教師のことは黙ってろ”って。 “教育委員会に楯突くなら、家族でも守れない”って」


 凛の声は、静かだった。


「でも、安斎先輩は、私を助けようとしてくれた。記事にすると言ってくれた。でも、結局、彼も何も書かなかったのよ」


「安斎 翔平……今はどこに?」


「市立図書館。毎週、土曜の午後に現れるの。 “何かあれば来い。いつでも話を聞いてやる”って、昔そう言われたことがあるから」


 悠真と野々村が視線を交わした。


「行くしかないな」

「その“青い名簿”が、本当にあるなら……“カモ”の正体に近づける」

凛はスマホを開き、掲示板を確認した。


No.366:

「次の投稿は“図書館”からになるだろう。鍵は“青”と“手紙”――」


「“手紙”……?」


 その言葉に、凛はハッとした。鞄の奥から、折りたたまれた紙を取り出す。古びた封筒――差出人は、透。


「透からの最後の手紙」


 封を切っていなかったその手紙が、今になって意味を持ち始めていた。

開くと、そこにはこう記されていた。


“見つけてくれて、ありがとう。真実は、ずっと図書館の“青の書架”に隠してある。

凛音へ――あの日、君が選んだウソを、僕は信じてる”


 悠真が息をのむ。


「やっぱり、透は……何かを残していたんだ」


「“ウソを信じてる”って?」

 野々村が眉をひそめる。


 凛は、小さく微笑んだ。


「私が“黙っていた”のは、透を守るため。あのとき彼が手にした証拠は、教師一人だけの話じゃなかった。“教育委員会”の一部にも繋がってた。暴いたら、潰されるのは彼のほうだった」


「それを知ってて、君は全部、自分のせいにしたのか」


「だから“ウソつき”なのよ、私」


 けれど――この物語の始まりは、ウソだったかもしれない。けれど、今は違う。


「私、もう逃げない。凛音として、“真実”を探す」


 夜の図書館が、三人を待っていた。静かなページの隙間に、“透の真実”と“カモの正体”が、確かに息を潜めていた。



「透を救えなかったことを、私はずっと後悔してる。でも、あの時何もできなかった自分を責めても、何も変わらないんだよね」


「君が背負ってきた過去が、今の君を作っている。でも、それを乗り越えたとき、君はもっと強くなる」

悠真の言葉が凛の心に深く刺さった。彼女は静かに頷き、そして決意を固めた。


「ありがとう。私、もう一度自分を信じてみる。過去に囚われるんじゃなくて、今の自分を見つけてみるわ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る