第六話 ヒーロー志願者の過去

「“ヒーロー志願者”の正体を暴く――だと?」


 悠真は、スマホの画面を見つめながら吐き捨てるようにつぶやいた。東条 凛は静かに彼を見つめる。


「あなたの“過去”も、誰かに狙われてるってことね」


「俺には、大した過去なんてない」

「その言い方が、いちばん怪しいのよね」

 凛は微笑むが、その瞳は鋭く、まるで探偵のようだった。


「でも、私に言わなくてもいいわ。その代わり、“カモ”に先を越されるのは防ぎましょう。あなたの“仮面”は、あなた自身で外すべきよ」


 悠真は少しだけ目を伏せた。



 放課後、屋上。風が強く吹くなか、悠真は一枚の古びたプリントを手にしていた。中学の頃、行方不明になった生徒――“神谷 かみや とおる”の資料。事故として処理された事件。けれど実際には……。


「助けられなかった」


 悠真は、手すりにもたれかかりながら呟く。


「俺が“あいつ”に関わらなければ、透は、消えることはなかったかもしれない。 “正義”って言葉を振りかざして、俺は、自分の気分を満たしてただけだった」


 風が、紙をさらいそうになった。だがそのとき――


「だから、ヒーローになりたかったのね」


 声の主は、東条 凛だった。彼女は悠真の隣に立ち、目を細める。


「それは、嘘じゃない。あなただけの“痛み”があるからこそ、他人の嘘にも敏感になった。ねえ、悠真。次に“カモ”が動く前に、一緒にその仮面を剥がしましょう」


 悠真は少し笑って言う。


「ずいぶん危険なことに首を突っ込む生徒会長だな」


「そっちこそ、“ヒーロー志願者”じゃなかったの?」


 ふたりの間に、一瞬だけ柔らかな空気が流れる。


 その瞬間――悠真のスマホが鳴った。 “カモ”の新たな投稿が掲示板に浮かび上がる。


 次に暴かれるのは、“親友の裏切り”。ウソをついたのは、誰だ?


 添えられた画像には、ひとつの部活のロゴが映っていた。――新聞部。


 悠真と凛は、同時に顔を見合わせる。

「久賀 みのり?」


「違う。“親友”って言葉が使われてる。これは、別の誰かを狙ってる」


 悠真の脳裏に浮かぶのは、あの無邪気な笑顔。そして、ひとつの嘘。


「まさか……野々村…?」


 だがそのとき、校内放送が突然ノイズ混じりに響いた。


『次の嘘は、笑えないよ。ヒーローさん。』


 まるで、挑発するような声。 “カモ”は、もう校舎の中にいる。


 そして次に暴かれるのは、悠真の“唯一の親友”との、裏切りの過去。



「凛、君、ずっと気になってたんだ。あの時、中学の事件って、何か関係があるのか?」


 悠真の問いかけに、凛は一瞬、言葉を失った。その目が少しだけ泳ぎ、何かを考え込んでいる様子だった。


「君に言うべきことじゃないかもしれないけど」


 凛は静かに目を伏せ、ゆっくりと呼吸を整えた。


「神谷 透のこと、覚えてる?」


 悠真は驚いてその名前を聞いた。神谷 透──行方不明になり、結局事故として処理されたあの事件だ。だが、凛が口にしたその名前に、悠真は言葉を詰まらせた。


「透、あの子、俺は……」


「私も、その事件に関わっていたの」


 凛は少しだけ顔を上げ、悠真の目を見た。彼女の瞳に宿るものが、悠真の胸に何か重いものを感じさせた。


「でも、私は透を助けられなかった。正義なんて、何もなかった。事件が起きてから、私はずっと自分を責めてる」


 凛の声は震えていた。彼女の表情は、痛みと後悔が入り混じったものだった。


「正義って、結局何なのかって、ずっと考えてる。でも、あの時、私は透に手を差し伸べられなかった。違う方法を選べば、もっと違った結果になったかもしれない。だけど、私は……」


 凛は目を閉じ、深く息をついた。しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。


「だから、私は何も信じられない。人を信じることも、正義を信じることも」


 悠真は凛の言葉をじっと聞いていた。彼の表情はいつもの軽薄なものではなく、深く理解を示すような静かなものに変わっていた。


「でも、凛。君がそうやって悩み続けていることは、透のためにもなるんじゃないか?」


 悠真の言葉に、凛は微かに目を開けた。彼女は無言で頷き、再び口を開いた。


「でも、私が選んだ道が正しかったかどうか、今でもわからない」


 その言葉に、悠真は何も言えなかった。ただ、凛が抱えているものがどれほど重いのかを少しだけ感じ取ることができた。


「私は、透を助けられなかった。それが、私の全ての罪だと思ってる」


 静かな沈黙の中、悠真は凛を見つめながら、心の中で何かを決めたような気がした。

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