第3話:キャンドルサービス

 山道で事故を起こしてしまった私は、民家を探して歩いていると、背丈ほどもある草に覆われた荒れた広場にたどり着いた。


 すっかり日が暮れているにも関わらずそこは仄明るく、広場の真ん中辺りで子どもたちが、ギリシヤ風の衣装を纏った少女を取り囲んでいた。


 中央の少女が手に持っていた燭台を掲げると、天から雷が落ち、燭台には炎のようで炎でない何かが灯った。


 少女が灯りを周りの子どもたちの蝋燭へ灯し、再び天に燭台を掲げると、その赤色をした炎もどきは腕を伝って少女の衣装を、服を燃え上がらせたのだった。


 姿姿


 それを見て私は、そう直感したのだった――




 昔、林間学校へ行ってキャンドルサービスというものをしたことがあった。


 夜、生徒たちは円を作り、蝋燭を持って歌を歌う。

 生徒の一人が炎の女神に扮し、炎を持って入場する。

 女神は生徒たちの持つ蝋燭に火をつけて回る。

 そうしてついた火を持って、生徒たちは歌うのだ。


 私は炎の女神だった。


 どういうわけか代表に選ばれ、服を着せられ、火のついた蝋燭を持って、蝋燭に火をつけて回ることになったのだった。




 あれは青ざめ、無表情で虚ろで、すぐにそれとはわからなかったけれど、私だった。


 私は炎の女神であり、あの赤い炎に包まれて消える運命だった。


 この炎は決して終わりを意味するものではない事を私は理解した。


 なぜこのように消えるのかという疑問は、さして重大なものではなかった。


 あの林間学校の夜、赤い稲妻を見たことも偶然ではなかった。




 結局あの時は雷が落ちて停電になり、キャンドルサービスは中止になった。


 私はどうしても納得できなくて、先生が早く部屋に戻るようにと言ったけれど、出来る限りゆっくり部屋に戻った。


 外はひどい雨が降っていた。暗い通路の窓に雨が打ち付けていた。


 部屋に帰るまでの暗い通路の中で、私は赤い稲妻が空から宇宙に向かって散るのを見た。


 それは炎に似ていた。私は窓際へ寄ってそれに手を伸ばした。


 その時蒼い雷が近くに落ちて、私は気を失った。




 気を失って目覚めるまでに、私は幾度となく空の赤い雷に手を伸ばした。


 手を伸ばせば伸ばすほど、それは私に近づいてくるように思えた。


 私はそれに手を触れようとしたところで目が覚めてしまい、残ったのは赤い雷への強い憧れだけだった。


 私は赤い雷について図書館で調べたが、科学の本にそんな雷は載っていなかった。


 私はどうしても赤い雷を見たくて、それから夕立が来るたびに窓際に寄って空を眺め続けた。


 家族や友人が窓際は危険だと言っても、そこでしか見られないような気がしたのだ。


 時が経つにつれて赤い雷への憧れは朧になって、雷の鳴る時に窓の外を眺める習慣だけが残っていた。


 けれど、ようやくあの赤い雷に手が届く時が来た。


 私は空へ昇り、宇宙へ頭を伸ばすあの赤い炎になるのだ。私は黒い石の上で、今にも天に昇るのだ。


 周りでは、祝福するように子どもたちが歌い踊っている。雲の間で手招きするように幾筋もの雷が踊っている。


 私の口からあの荘厳で歌が紡がれる。この歌はきっと私を邪魔するすべてから守ってくれるだろう。




 何かが私の足を引っ張った。


 いや、私にはもう足というものはないので、地上に近い部分というのが正しいかもしれない。


 それは岩だった。


 岩、それより下のものが呼んでいた。


 私は岩に吸い込まれた。空が無くなる。


 私はそこで初めて叫んだ。これでは話が違う。


 しかし私が聞いたのは、嵐の日、家の隙間を吹きすさぶ風のような音だけで、それが私の発声器官から出たことは間違いなかった。


 その後も必死でいやだいやだと叫び、身をよじった。


 だが引き込まれる速度は緩まることがなく、ようやく止まったのはすべてが燃えるような赤の場所だった。


 そこに空間――空気のある隙間――はなく、全ては赤くドロドロの流体が立体を満たしているようだった。


 私はそのドロドロとした固体とも流体ともつかない壁の中に埋まり絶望していた。これでは私は。


 しかししばらくして、もがくことでわずかに自分が上に向かう事に気が付いた。


 私は希望を胸に抱いた。


 このまま上にもがき続ければ、空へ向かうことが出来るはずだと。


 そうしてもがいていると、風船が割れずにしぼんでしまったような腑抜けた音が聞こえた気がした。


 私はそれを無視して上へともがいた。


 また同じような音がした。どうやら下の方からするようだったが、私はあの空に戻るのだ。


 私はあの赤い雷に手を伸ばし、そしてそれそのものになるのだ。


 私はさらに上に向かってもがいた。しかし、もう身体――正確を期すならば実体と呼ぶべきだろう――は進まなかった。


 その実体はあの腑抜けた音とともにはじけ飛んでしまったらしく、私は永遠にこの赤い壁に固定されてしまうようだった。


 もう叫ぶこともかなわなかった。


 流動する赤い光が私を押し流した。


 その赤い光はまるで稲妻のように暴れ狂っていた。


 唐突に理解した。ここが私のいるべき場所だ。


 あの赤い雷の源は空ではなく地にあったのだ。


 私はその奔流と一つになった。




 きっと私はこの場所で永遠に踊りながら、時折空を駆け抜けるだろう。


 気まぐれな妖精スプライトのように。

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燭台の妖精 轟零華 @Raika_Todoroki

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