その五
*
「僕が初めてルビーのうさぎと出会ったのは、ちょうど坊やくらいの年のころだったよ。幼き日の僕は体が弱かったんだ」
翌日、旅人たちは再び延蔵の下を訪れた。
鉄檻を持つ旅人は、嬉しそうに駆け寄る延蔵の小さな手を優しく握った。
それから、延蔵の両親に挨拶を済ませると、日溜まりの縁側にゆっくりと腰かけ、幼少期の思い出を語り始めた。
「あれはよく晴れた夏の日のことだった。僕はいつものように床に伏していると、遠くから祭り囃子が聞こえてきた。その賑やかな音色はだんだんと家の方へと近づいてきて、ついにそれは庭の生垣のすぐ向こう側までやって来たんだ。目をやると数人の村人が笛や太鼓を鳴らしながら列を成して踊っているのが見えた。僕がそのお祭り騒ぎに参加したのは、それから五日後のことだった……あの夏、僕はとある旅人から宝石のうさぎの治療を受けたんだ」
旅人は、床に置いた鉄檻に自分の手を乗せる。
「老若男女、病状を問わず患者をたったの五日で快復させる魔法のような治療に、村の皆は大層驚いたそうだ。まだ幼かった僕は、自分が快復したことに感動を覚えることはなかったけど、きっと両親は泣いて喜んでくれたはずだ……何度聞いても、昔の話はしてくれなかったけどね」
旅人はそう言うと、照れくさそうに笑ってみせる。
「治療を受け、すっかり快復した患者たちは軒並み揃って愉快に踊り出したそうだ。無論、僕も踊らずにはいられなかった。そんな宝石のうさぎの噂はたちまち村中に広がり、いつしか始まったお祭り騒ぎは旅人が村を発つ日まで続いたんだ」
旅人は幼き日の思い出を語り終えると、同伴する二人の仲間に相槌を求める。
「この二人も宝石のうさぎに縁があるんだよ」
三人の旅人のうち、鉄檻を持つのは、物腰の柔らかい好青年であった。後の二人も彼と似た年頃であり、一人は眉目秀麗な乙女、もう一人は筋骨隆々の大柄な青年であった。
二人は旅人の言葉に黙って頷いた。
「国は違うけど、僕らは一様に宝石のうさぎを連れた旅人に憧れ、そして、本当に成ってしまったというわけだ……ふむ、ルビーのうさぎはどこに行けば会えるのか。やはり気になるかい? 坊や」
旅人の問いかけに、延蔵は目を輝かせた。
「よしよし、では、教えてあげよう」
旅人はそう言うと、傍らに置いた鉄檻を膝の上に乗せる。
「この村から北に向かって山を越えていくと、とある温泉街に辿り着く。宝石のうさぎはその土地に聳える『試練の山』に姿を現す。登山口に建つ白い鳥居と、山頂へと続く石階段が特徴の大きな山だ」
旅人は説明を続ける。
「試練の山に挑戦する者は夜明けとともに白い鳥居をくぐり、日没までに宝石のうさぎを捕まえなければならない……失敗しても、また明日来ればいいじゃないかって? 坊やがそう思う気持ちは分かる。だけど、相手はこの世界の常識が通用しない、言わば神様のような存在だ。そう簡単な話じゃない」
旅人の真剣な眼差しに、幼い延蔵は思わず息を呑んだ。
「いいかい。試練の山に二度目の挑戦はない。宝石のうさぎは一度目の挑戦者にしか見ることができないからだ。仮に挑戦に敗れた者が再び鳥居をくぐったところで、そこにあるのは、夢追い人たちが死に物狂いで幻影を追い回す、何の変哲もない山景色だけだ……」
旅人はそこまで話し終えると、にこりと笑ってみせた。
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