その四
*
治療を受けた延蔵はその二日目に床中で「おっかあ」と声を発すと、三日目には上体を起こし、四日目には腹を空かせ、五日目には立ち上がってみせ、そのまま外へ飛び出したかと思うと、愉快珍妙な踊りを踊り始めた。旅人の言葉通り、彼の容体はたったの五日で快復してしまったのである。
すっかり元気になった延蔵は自分を救ってくれた旅人たちに憧れのような感情を抱いていた。彼にとって、菅笠と唐草模様の合羽は救世主の正装であり、朦朧とした意識の中で撫でたルビーのうさぎの感触は、例えば祭りの人混みの中で親しい友人と笑い合うような喜びを想起させるものであった。
延蔵はいても立ってもいられず村長の屋敷に走った。
「これはたまげた。一人でここに来たのかい?」
軒先で掃き掃除をしていた村長は思わぬ来客に目を丸くした。
延蔵は三つ身の裾で額の汗を拭い、「うん」と頷いた。
「そうかそうか。しかし、あまり無理をしてはいかんぞ。坊はまだ病み上がりなのじゃからな……何々、旅の医者様の居場所が知りたいとな? なるほど、それが聞きたくて、わざわざわしの屋敷まで出向いたと」
事情を知った村長は目を細める。
「彼らなら今日も治療のために村を回っておる……そういえば、『先日治療した坊やの容体を診に行く』と申しておったな」
その言葉に、延蔵はぴょんぴょんと跳び上がった。
それから、延蔵は村長にぺこりと頭を下げると、一目散にわが家の方へと駆け出した。
息を切らして戻った自宅では旅人たちと両親が談笑している最中であった。
「おや、噂をすれば」
母は、帰ってきた延蔵を招き入れる。
「ご覧の通り、今朝から元気いっぱいで」
「ええ、順調に回復しているようで安心しました」
鉄檻を持つ旅人はそう言うと、菅笠の鍔を摘まみ、丁寧に会釈をする。
「では、われわれはこれで」
母の手を握る延蔵はじっと鉄檻の中のうさぎを見つめていた。
ルビーのうさぎは大きな耳をぴんと真上に立たせ、その宝石のような目で青空に浮かぶ入道雲を追っていたが、旅人たちが踵を返した時、不意に頭の向きを変え、目を据える延蔵を見つめた。
その瞬間、延蔵に世界の常識がひっくり返るような衝撃が走った。その手には、ぐっと力が込められ、気付いた時には去り行かんとする三人を大声で呼び止めていた。
「坊や、どうした?」
三人は揃ってその足を止める。
「このうさぎに興味があるのかい?」
そう聞かれた延蔵はルビーのうさぎを見つめたまま、何度も大きく頷いた。
「そうか」
旅人は微笑む。
「では明日、もう一度君の容体を診に来るとしよう」
旅人は延蔵の頭を優しく撫でると、菅笠を目深に被り、次の診察へと向かった。
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