第5話
卒業生がやってくる日──
卒業生交流プログラムのために、僕らは全員講堂に集められた。
「さて、今日はここの卒業生の方々が激励に来てくれている。彼らは未来の君たちの姿だ。あと数ヶ月したら君たちもこうなるということを訓練が辛くなったら常に思い返してみて欲しい。では、卒業生諸君、よろしく頼む」
登壇した卒業生は男女二人だった。
男子の方は真面目な好青年のような出立でジャケットを着ていて清潔感なある格好をしていた。女子の方は眼鏡をかけて髪を後ろで結んでいた。
卒業生の男子がニコッとして話し出す。
「皆さんこんにちは。僕はここの施設の卒業生の本間といいます。こうして今、僕がここにいられるのは施設の訓練のおかげで──」
なんともいえない気持ちになった。
確かに笑顔だ。誰が見てもそう見えるのだろう。
しかし、どうも妙な違和感がついて回る。
女子の方は佐伯というらしい。佐伯の挨拶が続く。
「──私も最初は、どうしてこんなことをしなければいけないのか、と思っていました。でも今は、感情をうまく伝えることの大切さがよくわかります。伝えなければ、誰にも理解されないんです──」
同じように笑顔で挨拶をしていたが、こちらも僕には違和感だらけだ。ほんの少しだけ、背中に鳥肌が立っているのを感じた。
隣にいた柊に小声で話しかける。
「あの卒業生たち、どう思う?」
柊はあまりピンと来ていないようだった。
「どう。とは? 確かに笑顔だな。よくもあそこまで訓練したものだよ。感情スコアデバイスが好きそうな顔だ」
そう言ってくつくつと笑い出した。
柊にもピンと来ていないのだろうか。僕だけがおかしいのだろうか。
そう思っていると、けたたましい拍手が鳴り、卒業生の講話が終わっていた。
その後、講堂で本間と佐伯と一緒に笑顔の練習をする訓練を行なった。彼らのあるべき笑顔の真似をしてみんなで笑い合った。
本間も佐伯も、僕の左隣の子も、前の列の子も、みんな口角を同じ角度に上げていた。
みんな同じ顔だ──
◇◆◇
僕にはどうしても受け入れられなかった。
卒業生の講話の後、みんなのモチベーションが上がったのか、みんなどんどんスコアを上げていった。
柊ももうすぐ1.0を超えるらしい。柊はあの笑顔の仮面を受け入れたのかな。そんな考えが頭の中を支配する。
「まだ悩んでいるのか」
顔を上げると柊がそこにいた。
「訓練を受け入れたらスコアが上がっていったんだ。悩んでいるなら、お前も受け入れてみたらどうだ」
「わかってる。きっと、訓練は効果があるんだろうね。でも、僕はこの間の卒業生の笑顔がどうしても受け入れられないんだ。ああなってしまうなら、このままでいいとさえ思ってしまう」
柊は少しだけ怪訝な顔をした。
「このままだと、EAI非適性者になってしまうぞ」
わかっている。頭じゃわかっているんだ。
だけど、どうしても自分が自分じゃなくなる気がして──
そうしていると、美園がこちらにやってきた。
美園はもうスコアは十分とのお墨付きをもらっているらしい。
「お前まだスコア0.0なんだってな。みんな訓練すればなんとかなるものだと思っていたけど、本当に感情がない奴がいるとは思わなかったよ」
美園は鼻で笑うと、モニターをちらりと見せつけるように僕に突きつけた。
「見ろよ、俺は今、【喜:3.2】だ。ここに来たときは0.2だったんだぜ? 地を這ってた俺が、もうすぐ“普通”のラインに届くんだ」
その目は、どこか焦っているようでもあった。
「数字が全てだよ。お前にはわからないかもしれないけどな。俺はこのスコアで──やっと親父に褒められたんだよ」
少し笑ったあと、苦しげに続けた。
「“お前も人間らしくなったな”ってさ。初めて、だぜ? 数字が、俺を……俺の人生を証明してくれたんだ」
柊がぽつりと呟いた。
「……そこまでして、証明しなきゃいけないのかよ、自分のことを」
美園は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに吐き捨てるように言った。
「証明しなきゃ、誰にも見てもらえないんだよ。スコアがなきゃ、お前らみたいに“いないもの”扱いされて終わりなんだよ」
今まで、スコアをバカにされても、言い返そうとまで思わなかったけど、今日は違った。
胸の奥から熱いものが込み上げてきて、言葉にならないほどだった。
「君に何がわかる! 僕の感情も苦しみも何もわからないくせに!」
つい声を荒げて叫んでしまった。周りの人たちも声に集まってくる。
「なんだと、落ちこぼれのくせに……」
美園がそういうや否や、教官が止めに入った。
「何をしている。透野、ちょっと来い」
なんで僕だけ……と思っていると、教官は続けた。
「面会だ」
面会だって? この五ヶ月間、誰も来なかった。
感情のない僕にわざわざ会いにくる人なんて誰だろうか。
まさか、遙、なのか……?
でも、今さら会って何を話せばいいんだろう。
そう思いながら面会室に向かった。
教室の後ろの方で、誰かがヒソヒソ話していた。
あれだけ叫んでいてもスコア0.0だって──
◇◆◇
面会室にいたのはやっぱり遙だった。
「「久しぶり」」
どちらともなくお互いが話し出した。
「すごく辛そうだね。上手くいってないの?」
「そう見えるかな……さっきちょっと嫌なことがあって……みんながスコアを伸ばしてる。でも、僕だけが、僕だけがまだ0.0のままなんだ。あの頃から何も変わっていないんだよ」
遙は僕のことをじっと見つめて優しく言った。
「私は嬉しいよ。想が変わってなくて」
「でも、それじゃ、EAI非適性者になってしまう。でも、僕はあの訓練の、みんながどんな時でも同じ笑顔をする、あの顔が耐えられないんだ」
柊にも言えなかった気持ちを遙に吐露する。遙だから伝えられたのかもしれない。
「そっか。私は想が信じる道を進んだ方がいいと思うよ。私は想に感情があることも知ってる。私には伝わってる。だから、無理にしなくてもいいんだよ。自分を信じて欲しいな」
遙のその言葉に勇気をもらえたのか、思わず涙が溢れてくる。
「ほら、今も。スコアは0.0かもしれないけど、ちゃんとあるんだよ」
僕と遙はしばらく懐かしさを感じながら言葉を交わした。
翌日からの訓練は少し違った。
もうスコアにとらわれることはやめて、自分の感じるままに訓練をしていくことに切り替えたのだ。
相変わらずスコアは0.0のままだけど、何も気にならなくなっていた。
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