第6話
家の外は夜のとばりが落ちた。何もかも影が包み込むみたいに暗い。
白いシャツとだぼだぼのジーンズ姿のタマキは、リュックに金とスマホと化粧品と久留米京太郎のグラビアの掲載された雑誌を入れて、団らん中の家族を尻目に、こっそり家を出た。
もう帰らないつもり。
僕は自分の自分らしい人生を生きるんだ。
夜八時、駅前広場の時計は高いところで時刻を告げる。
夜なのにナンパ待ちの人や、待ち合わせの人が沢山たむろしている。
タマキは、裸の女のブロンズ像の下にしゃがみ込み、スマホを覗き込む。そして、一人孤独の手持無沙汰な気まずさを誤魔化すように、あたりに目を向ける。
イヤらしい男というのはタマキのような可愛らしい顔をした人を放っておくはずがないのだ。タマキはすぐに目を付けられ、言い寄られた。
いつまでも外にいるわけにはかない。どこか屋根のある場所に行きたい。あわよくばベッドのあるところにいき、眠りたい。
タマキは言い寄る人に付いていくしかなかった。お金だって数千円しかないし、断ったところで路頭に迷ってしまうから。
「そっかー。タマキ君て男なのかー女だとばかり思っていたけど。そっかー。じゃあさ、ここ舐めてよ。舐めてくれたら1,5あげるよ」
好きでもないおじさんにそういわれ、タマキは嫌な気持ちになった。
しかしながら、お金がもらえるチャンスをふいにしたくない。一人で生きていくには金が必要なのだ。
タマキは、にこっと極上の笑みを浮かべ、おじさんにしなだれかかった。可愛く甘えるのは得意だ。
真夜中暗い部屋のベットの中で、ソファに寝ているおじさんのいびきを聞きながら、タマキは目を見開き、暗い天井を見て、憂鬱に、胸がふさがる。自分自身がひどく汚らしく感じた。自分を汚した他人の家にいることが息苦しく、腹立たしい。他人の欲が浅ましい。そしてそれに縋りつく自分が痛ましい上に、愚かで、それはもう屈辱的であり、嫌悪感でいっぱいだ。
こうするしかないのだ。
中学生で仕事にも就けないし、人の善意に縋って生きながらえるしかないのだ。
お金ももらったことだし。タマキは荷物を背負って、そっと家を出た。
ファーストフード店に入り、コーヒーを一杯頼み、うつらうつらした後、タマキは外に出た。
そして、次の客を捕まえる。
落ちぶれたものだタマキよ。
いったい誰がこうなることを想像できたろう。
胸締め付ける愛や、口の中で溶ける甘いキャンディ。柔らかく軽い世界なんて遠い昔。笑っていただけで愛を得られていた時期が懐かしい。
タマキはふとした瞬間、死を渇望し、ふとした瞬間、生を渇望する。そして、恋に胸を高鳴らせ、好きな人の写真を見て、頬が燃える。
落ちてはダメだ。上がるのだ。
いつか勝利を掴んで見せる。
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