第7話


 男の下腹部を犬のように舐めて得たお金で、タマキは服を買った。フリルの付いたトップスと、赤いチェックのミニスカート。

 さっそく着替えて、メイクをし、リボンで髪を結わえる。

 女の子だ。可愛い。歓喜が全身に駆け巡る。

 タマキは手鏡を掲げ、前髪を気にし、手櫛でといてみたりしながら、駅前の広場で誰かが声をかけてくれるのを待っている。


 時々嫌な人に当たる時もあった。アパートに住んでいると言われついていくと、お茶を出された。何も知らず飲んで吐いた。しょっぱくて臭い。

「なにこれぇ」タマキが咽ながら言うと、

 客の男は笑って

「おしっこ」

と言った。

 タマキは腹を立て、初めて人を怒鳴りつけた。まるで父の怒鳴るときみたいに。

 一万円もらい、許してやった。

 これがあってから、もう人の家でコップに入った飲み物は飲まないようにした。



 タマキは内股に歩き、ストローを指した缶ジュースを飲むときは、頭を小刻みにかたかたと揺らす。時々、唇を噛み、片方の頬を膨らませる。


 自分の可愛さを余すことなく表現したくて、常に媚びるような上目遣いである。


「可愛いね」

 何度も何人もの男に言われた。まんざらでもない。可愛いのは自分でもわかっている。

「ありがとーございます」

 タマキは両手を腹の前でそろえ、目を閉じ、軽く頭を下げる。

 すると、その仕草も可愛いと言われる。

「全部可愛いよ。タマキ君」

「可愛いと思ったら可愛い貯金。お金下さい。もっと可愛くなってやる」

 タマキは笑いながら、客の太ももを叩く。

「しょうがないなあ。あげちゃう。いくらほしいの」

「百万」

「えー。それは酷いよー。持ってないもん俺」

「もー貧乏人!」


 不思議なもので、どんなに醜男からでも「かわいい」と魔法の言葉をかけられると、それはタマキの自信になるのだった。自己肯定感が上がり、心は満たされる。



 憂鬱な気分に傷つけられて、潰れそうになるとき、タマキは好きな人のことを考える。


 久留米京太郎のいるLANNのライブに行き、彼に告白したい。そうしたらたぶんタマキと久留米は付き合える。自信があるのだ。だって僕は可愛い。自分でもわかる。

 熱が出るほど彼を愛している。彼のために自分を犠牲にできる。だから、彼から愛を受けるのは当然の権利だ。美しい者同士が付き合えたら、きっとそれは、素敵だろう。


 タマキは久留米のことを考えると、ひどく興奮し、脳が覚醒する。好きな人の事を何でも知りたくて、久留米京太郎の出ている雑誌は片っ端から買った。LANNの曲だって何度も聞いた。彼のパートのところで、彼の声が聞こえると、タマキは決まって顔を赤くした。目はとろんとして、恋する顔つきになる。


 夢が出来た。

 愛の告白をすること。

 久留米京太郎に会うんだ。会って、話して、自分を好きになってもらう。

 絶対できる。

 だって、僕は特別に可愛い。

 好きな人から可愛いって言ってもらいたいんだ。

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