第7話 開く"時"
「さて、必要な準備は整った」
唐突に、メモリがそう宣言した。
「これ以上の説明は不要だろう。人生において変化とは、往々にして予期せぬもの……今回もそうだったというだけだ」
祝人は思わず小さく息を呑んだ。
「……不本意だけど、言いたいことは分かります」
皮肉を含ませながらも、内心ではもう覚悟を決めていた。
「さあ祝人!箱を開けたまえ!」
メモリの声が高まる。
「それは君が忘れた世界への扉だ! 君は選んだ!今この瞬間が、"その時”なのだ!」
その言葉と同時に空間全体がかすかに震え始めた。まるで見えない鐘が鳴らされたかのように、世界が深く、静かに共鳴している。
もう――引き返せない。
祝人は静かに、しかし確かな意志で箱へと手を伸ばす。
箱はそこに、ずっと前から在ったかのように、静かに待っていた。
想像もつかない何かが、いま始まろうとしている。
彼の心臓は自らの意思を持ったかのように激しく脈打ち、手のひらは震え、汗ばんでいた。
メモリの声が深く穏やかに響く。
「祝人、君の旅路に祝福を。
すべての存在に感謝を。
心配はいらない、すべてうまくいく。私が保証しよう」
――私は必ず約束を守るし、決して嘘はつかない。
かつて交わしたメモリの言葉を祝人は思い出していた。
静かに、けれど確かな声で言った。
「……分かりました。行ってきます」
箱にもう片方の手を添え、指先がくぼみに触れた瞬間――視界が淡く揺らぎ、霞み始めた。
空間の境界が溶けるように、感覚の輪郭があいまいになっていく。
「祝人、良き旅を。また会おう」
メモリの声もどこか遠くに引き伸ばされていくように聞こえる。
「――っ!」
いよいよ自分という存在の形がほどけていく。その刹那。
『いってらっしゃい、愛しいひと』
透明で、それでいて胸の奥まで染み込むような声が響いた。
「「…えっ?」」
祝人とメモリの声が、まったく同じタイミングで漏れた。
けれど思考する暇もなく、祝人の意識は深く、深く沈んでいった…。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
メモリ+???
「さあ、旅は始まった。もし君も、この世界に心を少しでも傾けたのなら……★評価やフォローで、その想いを灯してくれると嬉しい。」
「「次は――もっと深く、彼の魂に触れる物語になるだろうから」」
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