第14話 カフェオレとフレンチトースト

「・・・何というか,すごい人だね,桜さんって」

「でしょう?自慢の親友です!」




 桜さんとの通話を終わって,二人で寛ぐ。

 寛いでいるんだが・・・やっぱり落ち着かない。


「・・・聡二君?」

「え?」

「あの,さっきの続き・・・」

 続き・・・?


 彼女が僕の傍らで上目遣いになって見上げてくる。

「・・・」

「・・・」

 お互い無言で顔を寄せ合う。


 きゅるるる・・・。


「・・・ううう」

 その音はまどかさんのお腹の音だった。

 彼女は真っ赤になって俯いてしまう。

「私ったら,こんな時に・・・」

「ははは。夕食にしようか。簡単なもので良ければなんか作るよ」

「はい・・・」

 冷蔵庫を開けて,中身を確認する。

 『しばらく身を隠して』と,桜さんが言ってたけど,どれくらいになるのか見当も付かない。

 とりあえず,足の速い食材は使っておいた方がいいんだろう。




「ごちそうさまでした」

「・・・おそまつさま」

「何か?」

「いや,いい食べっぷりだったなあって」

「ううう・・・。今朝から何も食べてなかったんですっ!それに聡二君の作るお料理,すごく美味しいしっ!」

 3日分ストックしていた食材が,ほぼなくなった。


「僕はまどかさんの作るお弁当の方がいいけど」

「もうっ!聡二君と一緒に暮らしたら,二人ともおデブさんになっちゃうかも・・・」

「今日は特別さ。とりあえず冷蔵庫の中をできるだけ空にしておきたいからね・・・」

「・・・そう,ですね」

 お互いしんみりしてしまう。


「じゃあ,洗い物してくるね」

「あっ,それは私がやります!」

「でも・・・」

「・・・聡二君は,お風呂入ってきて下さい」

「・・・うん」

 意味深に言われて,かなりドギマギしてしまった。




「上がったよ。まどかさんの服,乾いたみたい」

「は~い・・・」

 まどかさんの声はリビングからではなく,別の部屋から聞こえる。

 ・・・寝室?

「まどかさん?」

 寝室のドアを開けたが薄暗い。

 いや,ベッドに上にまどかさんがいる?


「・・・聡二君,一緒に寝て下さいますか?」

「!」

 目が慣れてくる。

 まどかさんは僕のベッドに腰掛けていた。


「・・・僕はリビングのソファで寝るよ」

「嫌です・・・」

「まどかさん?」

「一緒に寝て下さい」

「いや,だって,僕達は・・・」

「・・・もう,恋人同士,ですよね?」

「ま,,まあそうだけど・・・」

「じゃあ,いいじゃないですか」

「いや,その・・・」

 しどろもどろになった僕を見かねて,彼女は立ち上がった。

「私は,もう,覚悟,できてます・・・」

 近付いてくる彼女。

 廊下の電灯に照らされて,その顔は真っ赤になっているのが分かった。

「か,覚悟って・・・」

 おもむろに彼女はスウェットの上を脱ぐ。

 下着を着けていないので,その二つの膨らみが露わになる。

 白磁のような綺麗な肌が,僕の情欲を呼び覚ませる。

「・・・」

 自分のつばを飲む音が聞こえる。

 彼女はためらいなく下も脱いだ。


 美しい。


 彼女の生まれたままの姿を見て,僕は最初にそう思った。

「・・・これが私の,覚悟,です」

 羞恥に染まった頬をしながらも,彼女は僕の目をじっと見つめる。

「あ・・・」

「私は,聡二君の,全てを受け入れるって,ずっと決めてました」

「う・・・」

「私じゃ,ダメですか?」

 その言葉は,僕の理性を喪失させるには,最も効果的で痛烈な一撃だった。

「・・・私だけ裸じゃ,恥ずかしいです。聡二君も脱いで下さい」

 熱に浮かされたように,僕もTシャツを脱ぐ。

「あ・・・」

 彼女は僕の姿を見て,息を飲んだ。


 しまった。


 とっさに僕は思った。

 僕の身体には,幼い頃から受けた虐待の傷跡が無数に残っている。

 他人には見せないように,今日まで気を付けていた。

 すーっと血の気が引いて冷静になる。

「ご,ごめ・・・」


 ちゅっ。


「!」

 謝罪の言葉が出そうになった僕の唇を,彼女の唇が塞ぐ。

「・・・ファーストキスです」

「僕も・・・だよ」

「もう一度,いいですか?」

 今度は僕から彼女の唇を奪う。

「もう一度」

 お互いに。

「もう一度」

 何度も,何度も口付けを交わす。

 やがて彼女は僕の傷跡に,火傷のの跡に口付けをした。

「・・・聡二君の傷は,私のキスでは消せません。でも」

 彼女は僕の身体にキスを重ねながら泣いている。

「それ以上の悦びを,幸せを,あなたに捧げたい・・・」

「ああ,ああ,ああ・・・!」

 僕もいつしか泣いていた。




 窓から漏れる日差しで目が覚める。

「うん・・・」

 僕の腕の中では裸の彼女がもぞもぞとしていた。

「まどか・・・」

「う,うん・・・?」

 彼女はぼんやりと目を覚ます。

「あ・・・」

「・・・」

 気まずい。

「・・・おはよう,ございます」

「おはよう・・・」

「え,えーっと,シャワー借りていいですか?」

「う,うん・・・」

 彼女は床に散乱していたスウェットを手に取って,前を隠すようにして立ち上がった。

「あ,あの,大丈夫・・・」

「え,ええと,ちょっと歩きづらいですけど・・・」

「そう・・・」

 僕は気恥ずかしくなり,手で顔を覆った。

「じゃあ,ちょっと行ってきます・・・」

 彼女が部屋を出たのを確かめ,自分も脱ぎ散らかした服を身につける。

「シーツ,洗わなきゃ・・・」

 そんなことを考えてしまう,自分が恥ずかしかった。




「シャワー,ありがとうございました。って,何してるんですか?」

 彼女は昨日着ていた服に着替えていた。

「あ,ああ。朝ご飯・・・」

「わあっ。ちなみにメニューは?」

「フレンチトーストとベーコンエッグ。サラダも付けたかったけど,野菜は夕べ使い切っちゃったし。」

「十分ご馳走です!飲み物はリクエストしても?」

「ご注文は何になさいますか?」

「ホットのカフェオレをお願いします,店員さん!」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

「ふふっ」

「はははっ」

 二人で小さく笑い合った。




 なんて,幸せな,朝。

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