閑話 桜真里花の初恋~その6~
「とりあえず換気したら?」
「「!」」
私が彼の部屋に入って最初に言った一言で,二人は目に見えて動揺していた。
そっか,二人は・・・。
私も知識だけはある。
まあ経験はないけれど。
「・・・冗談よ」
複雑な気分だったけど,二人を祝福しようと思う。
「も,もうっ,真里花ったら!」
「まあ,年頃の男女が一晩過ごして何もないって思うほど,私も子どもじゃないわ」
「・・・」
まどかは真っ赤になっている。
「で,楢崎君もちゃんとまどかに気持ち伝えた?」
それが肝心だ。
まどかが彼のことを好きっていうのは知っている。
では,彼は?
「・・・うん」
「なら問題ないわ」
「そうかな・・・?」
二人がお互いに想い合って結ばれたのなら,私には文句はない。
「遅かれ早かれ二人がこういう関係になるって思ってたから」
「・・・そうなんだ」
時刻は午前9時半。
私はいろいろ用事を終え,楢崎君のマンションに来ていた。
「とりあえずこれ」
中身が膨れ上がった封筒を渡す。
「200万,入っているわ。これは楢崎君に預ける」
「こんなに・・・?」
「貸しよ,貸し。出世払いで返してね。あと,まどかに持たせたらダメよ」
「なんでっ!」
「まどかの金銭感覚じゃ,すぐ底をついてしまうわ」
「真里花,ひどいっ」
私もだけど,お互いお嬢様育ちだしね。
「足りなくなったら連絡頂戴。なんとかする」
「・・・うん,大事に使わせてもらうよ」
「あと,これ」
紙袋から,中古のスマホを差し出す。
「スマホ?」
「なんとか手に入れたわ。これなら使っても居場所がバレない。私も同じものを用意したから,連絡はこれで取り合えるでしょ?」
「すごい,ね・・・」
「まどかの欠席については私から連絡しておいた。楢木君のことは大川君にお願いしたわ」
「拓也に?」
「ええ。私はこのあと学校に行って・・・まあHRには間に合うでしょ。大川君と君島さんに,二人のことを話すつもり」
「えっ?」
彼は驚く。
「で,でも,僕等のことに二人を巻きこむなんて・・・」
やっぱりそう言うんだ。
「楢崎君,甘いわよ」
私はぴしゃりと言ってやった。
「あなたたちの問題は,想像以上に大きな問題なのよ。昨日は『大人の味方を』って言ったけど,大人じゃなくても,一人でも多くの味方を付けた方がいい。わかる?」
「・・・うん」
「二人に話したら宗宮先生とも話する。『Cafe Carrot』にも行くわ。あとは・・・いろいろ考えてるけど,上手くいくか分からないから,今は言わないでおくわ」
「うん。分かったよ・・・」
「とにかく二人はここから出なさい。どこでもいいけど,あまり一カ所に長逗留しないこと。いいわね?」
「ああ」
「これ,まどかの荷物。家にあったまどかの着替え類を適当に見繕っておいたわ」
「真里花ぁ・・・」
「泣くのは全部片付いてからにしなさい。なるべく早く・・・夏休みが終わる前にはなんとかしたいわね」
「それまでに片が付かなかったら?」
「その時は・・・18歳になるまで逃げ延びなさいな」
そこまでかける気はないけれど。
それも一つの手だろう。
HRの途中だったけど,私は学校に行った。
授業が終わって大川君と君島さんを呼び出し,事の詳細を伝えた。
「そんな・・・」
「聡二・・・」
二人は楢崎君の境遇を聞いて唇を噛んでいる。
そうだろう。
私も知ったときは,他人事ながらはらわたが煮えくり返る思いをした。
「私だけじゃダメなの。二人の力を借りたい。お願い!」
私は頭を下げた。
人に頭を下げるなんて,いつぶりのことだろう?
でも,なりふり構ってはいられない。
「おう,聡二と笹宮さんの力になれるなら,何だってするぜ!」
「私も・・・!」
「ありがとう,二人とも・・・」
良かった。
まどか,楢崎君,味方が増えたよ。
「まずはどうすればいい?」
「そうね・・・。まずは宗宮先生と話し合いましょう」
「宗宮先生?なるほど,楢崎君の身元引受人だね・・・」
「まず彼女を味方にしないと,何も始まらないわ。それが終わったら『Cafe Carrot』に行く」
「聡二のバイト先?何でだよ?」
「まどかははっきり教えてくれなかったけど,楢崎君の事情はマスターと奥様から聞いたようなの。つまり,楢崎君の過去も,現在置かれている状況も分かっているはず。私の想像では,お二人も聡二君の家と関係しているんじゃないかって思っている」
「じゃあ,二人が楢崎君をこれまで守ってきたってこと?」
「そうかもしれないし,違うかもしれない。こればかりは本人達から話を聞かないと」
「おっしゃ,分かった。当面の目標は宗宮先生とカフェの二人に味方になってもらうってことだな」「当面の,って言うより『まずは』ってことよ。とにかく味方を増やさないと,楢崎君の問題どころか笹宮本家の問題だって片付きやしない」
「・・・桜さんは,どうしてそんなに熱心なの?」
そうね。
何ででしょうね。
「親友と,友達の『初恋』なのよ。私はそれを叶えたい。私の我が儘に二人を巻きこむことについては謝罪のしようもないけど。それでも私は,二人の『初恋』を叶えたい。ただそれだけよ」
これは本心だ。
多少自分に言い聞かせている節もあるけれど,偽らざる本心だ。
「・・・分かった。私もできることする!」
「もちろん俺もだ!」
まどか,楢崎君。
今頃どこに向かっているの?
私は。
私は,二人が幸せになるのを見届けたいの。
自分が前に進むために。
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