閑話 桜真里花の初恋~その5~
「だいたい事情は分かったわ・・・」
スマホの先にいるまどかに私はそう言った。
向こうはスピーカーにしているらしいから,楢崎君も聞いているだろう。
「夕方,笹宮本家から連絡があった。私が受けたから良かったんだけど・・・」
『何て?』
「まどかはうちで保護したことにいておいたわ」
『・・・真里花,ありがとう!』
本家の使用人の様子がおかしかったら,そんなことだろうと予測はしていた。
「スマホの電源落としたままだから心配したわよ」
『ごめ・・・ありがとう,真里花』
「で,二人はこれからどうするつもり?」
『私は,聡二君と一緒にいる!・・・もう,家には帰らない』
「そっ・・・」
そんな簡単な話じゃない。
そう言いかけて言葉を飲み込んだ。
こういうとき,まどかはとても頑固だから。
「・・・楢崎君,聞いてる?」
『・・・うん』
スマホから彼の声が聞こえる。
彼に言わなければならないことがある。
でないと,何も始まらない。
なにも終われない。
「あなたが『謝る』ということに,とても忌避感を抱いてるのは知ってる。でも,最初に一つだけ謝らせて。まどかにも」
『私にも?』
「ええ。本当にごめんなさい。私,楢崎君のこと,調べさせてもらったわ」
『・・・っ!』
彼の息を飲む音が聞こえる。
「まどかは知っているんでしょう?彼が韮川温泉グループの御曹司だってこと」
『・・・うん』
やっぱり。
それにまどかは彼の過去も,今置かれている状況も知っている。
「韮川温泉グループと笹宮家なら,釣り合いがとれている,いえ,おつりがとれるくらいだわ」
『じゃあ・・・!』
「まどか,それは『資産的には』って話よ。いくら老舗旅館の跡取りだからって,家柄どうのこうの文句を言う親族も少なくないと思う。特にあなたの両親は」
『・・・』
「それに楢崎君。あなたは今,実家から身を隠してるんでしょう?」
『・・・ああ』
「二人がお互い好き合っていても,周りがそれを許さない,でしょうね」
『・・・やっぱり,ダメなの,かな?』
まどかの泣きそうな声が聞こえる。
「二人が法的に結婚できる年齢になっていたら,駆け落ちでも何でもありだと思うけど,私達はまだ子どもよ。それは理解しないと」
『・・・うん』
そう。
私達はまだ子どもだ。
できることには限りがある。
「まずは大人に味方を作らないといけない。楢崎君,宗宮先生はあなたの親族で,あなたの味方なのは間違いないわね?」
『うん・・・』
「他に頼れる大人はいる?」
『多分・・・。まどかさんが僕の過去を知ったのは,カフェのマスターと陽子さん,奥さんから聞いたからだと思う』
『聡二君・・・』
『二人は何故か僕の過去を知っている。でも,少なくとも敵じゃない』
「そう・・・」
私の中でパズルのピースが埋まり始める。
ならば。
「とりあえず,二人はどこかに身を隠しなさい。明後日から夏休みだし丁度いいわ。明日は二人とも休みなさい。学校には適当に言い訳しておくから」
『うん・・・』
「間違っても学校になんか来ちゃダメよ?学校なんか来てたら,まどかは必ず連れ戻されるわ。事が大きくなれば聡二君,あなたも決して安全な状況とは言えなくなる」
『・・・分かってる,つもりだ』
「まどかの預金やカードもだけど,多分凍結されると思う。明日の朝までに現金を用意するわ。それまで家でじっとして,必ず外に出ないで。分かった?」
『・・・ありがとう』
『真里花,迷惑ばっかりかけて・・・』
「謝らないんでしょう?まどか」
『そう,ね・・・』
あとは,行動を起こすだけ。
「ほとぼりが冷めるまで,っていつになるか分からないから,私の方でいろいろ当たってみるわ」
『・・・真里花,いいの?』
「いいのよ,まどか。それにしても楢崎君のスマホから電話してきてくれて良かったわ。まどか,あなたはスマホの電源は入れちゃダメよ?」
『何で?』
「スマホにはGPSがついてるから」
『そっ・・・分かった』
「連絡は楢崎君のスマホで。できれば公衆電話からの方がいいけど。楢崎君もそれでいい?」
『分かった。何から何までありがとう・・・』
それでいい。
「二人とも,これだけは忘れないで。私は,何があっても,二人の味方だから」
『ありがとう・・・』
二人の声が重なる。
そう,それでいい。
私は二人の『初恋』を必ず実らせる。
それが,私の使命だ。
そして,私の『初恋』に別れを告げよう。
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