第3話

 俺も陽菜ひなやおまえとよく遊んだけど、あの空き家に行ったことはなかった」


 勇樹は遠くを見るように、目を細めた。

 

 当時、七、八人のいつも遊ぶ仲間がいた。

 勇樹もその中にいた。ススキの穂を集めて小山を作ったり、蛙を捕まえて紐をつけて引っ張ったり。

 

 中学生になって、それぞれが部活だ塾だと忙しくなる前まで、分け隔てなく、学校帰りに遊んだものだった。


「あの空き家は、おまえと陽菜の秘密の場所みたいになってたな」

 

 そうかもしれない。

 陽菜と自分だけの秘密の隠れ家。だが、空家はさしておもしろい場所ではなかった。

 ごく普通の民家が、ただ古くなっただけの建物で、特に謎めいた部屋があったわけではなく、子どもの想像を掻き立てる怪しげな装飾品が転がっていたわけでもなかった。

 

 勇樹を連れて行かなかったのは、陽菜とだけの秘密にしたいがためではなく、ほかの友達を連れて行くほどの面白みに欠けていたからだ。


「陽菜があの家で関谷といるところが見つかったあと、男の死体が発見されて、すごい騒ぎになったよな」


 よく憶えている。

 小学一年生の女の子の連れ去り事件が解決した同じ場所で、男の死体が発見されたのだ。世間は騒然とし、このあたりは蜂の巣をついいたような騒ぎになった。


 陽菜が関谷とあの空家で見つかったのは、関谷の使ったライターの火のせいだった。

 十二月の半ばは、一年のうちで昼間の時間が最も短いときだ。関谷は真っ暗になってしまった家の中で、電気の代わりに自分のライターの火を点けた。

 

 もし、その日、神社の反対側の家で、通夜が行われていなかったら、陽菜と関谷は見つからなかっただろう。

 

 通夜が行われた家では、親族の一人の到着が遅れていた。

 遠くに暮らすその親族は、初めて来た田舎の道に迷い、目的の家とは反対へ歩いてしまった。

 

 竹林の隣にある家が空き家だとは、その親族はわからなかった。午後五時を過ぎて、すっかり辺には夜が下りていたから、朽ちかけた壁や穴の開いた屋根には気づかなかったという。

 だが、家の中で、ときどきポッポッと光が灯るのを見て、奇妙な気がした。

 

 だから、通夜の途中で、その親族は家の者に、その話をしたのだ。

 人が死んだばかりだし、何かのお知らせのような気がすると話したという。

 

 話を聞いた家の者は、すぐに警察に連絡した。通夜を出した家には、陽菜と同じ小学校の学童が二人おり、陽菜がいなくなったと学校からの連絡網が来ていた。


 集落は騒然となった。


 鳴り響くパトカーのサイレンの音。


 国道に今ほど店はなかったから、この辺りは夜ともなれば、畑を渡る電線を揺らす風の音が聞こえるほど静かな農村地帯だった。その静寂を破ってサイレンが鳴り響いた。救急車のサイレンも続いた。


 ほたるはそのサイレンの音を、家の中で聞いた。

 三歳上の姉の凛とともに、台所のいつものテーブルに座って聞いていた。


 落ち着かない気持ちで座っていると、しばらくたってから、近所のおばさんたちが、陽菜が見つかったと知らせてくれた。

 学校の連絡網もすぐに回ってきた。母が電話口で、何度もよかった、よかったと繰り返していたのを憶えている。


 そして、母が電話を切ろうとしたとき、相手から知らされた事実に、母親が驚いていた様子も。


 陽菜と関谷が見つかった空き家で、身元不明の男の死体が発見されたことは、すぐに広まった。誰もが勝手な想像と憶測をした。だが、殺された男について知っている者はいなかった。

 

 陽菜は無傷で見つかったし、関谷も警察に連れていかれたし、安心した人々の注目は、すぐに、この身元不明の男に移った。



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