第2話 ハセガワの話

 小さな入り江。周りを崖に囲まれ、今はもう海からの侵入しか許されない場所にある静かな入り江。少し内側に削れた崖の下にビーチパラソルやベッド、フラミンゴの浮き輪などが置いてある。テーブルには体に悪そうな色をしたペットボトル飲料が置いてあり、その傍には食欲のそそられないスティック型の非常食が封を開けて放置されている。

 何日も同じ物を食べていると食欲がなくなり、15㎝程の非常食を朝から夜まで何時間もかけてゆっくり食べるようになるらしい。水分の含まれる物や調理が必要な物は早々に食べきり、今はもうこれしか残っていないのだ。

 この入り江で生きている唯一の人間、ハセガワは理由もなく食料が尽きて生きられなくなる限界をここで待っている。


 ハセガワは少しだけ気分が落ち着く代わりに少し幻覚が見える薬を一日一粒飲み、幻覚で見えた世界を日記に書き記すという遊びを暇になってからずっとやっている。曇天の空は夕日が沈みかけた薄いピンク紫色、薄汚れた海と砂浜はどこまでも澄んだ海と真っ白いビーチに見えている。

 ビーチベットに横たわり、二頭のイルカが仲良く泳ぐ光景を見ていた。もちろん幻覚だが。


 はじめは他に生存者がいないか探して歩いていた。あわよくば国の人間を見つけて助けてもらえたら、とも考えていた。しかし現実は上手くはいかず、誰の痕跡も見つけることはできない。むしろ悲惨な景色を見ることも多く、精神がどんどんすり減った。たまたま見つけた沢山の食糧をここに運び、今では少し食事をして海を眺めるだけの生活を送っている。

 薬にはもう一つ、過去の記憶が曖昧になる・忘れる副作用があり、今日以外の記憶を消してくれと願い祈り飲んでいる。


 思い出したように非常食に手を伸ばしほんの少しだけ齧る。口の中の水分が持って行かれるので、持っていた非常食をテーブルに捨てるように置いてペットボトルを手に取った。くどい甘さの清涼飲料水。メロンソーダらしいが、今のハセガワに味なんてものはどうでも良い事柄である。安全に飲めればなんでもいいのだ。

 もう生きることに執着なんてないが、死んでしまう勇気も持ち合わせていない。ただ夜眠るとき、明日目を覚まさず息絶えることができたらいいなと思うだけ。

 いつの間にか幻覚のイルカは一頭になっていた。もう一頭は死んでしまったのか、残された一頭は少し寂しそうに見える。


 日が落ち、暗い夜が来た。やはり空は曇って、星のひとつだって見えない。光源の無いビーチは真っ暗だが、幻覚の星々と月が夜空を作り上げている。

 「おやすみ、また明日」

 家族がいた時の癖で、眠る前につぶやいてしまうらしい。もういない家族に向けて、生きたくない明日の約束を取り付けてしまうのだ。


 今日は満月みたいだ、どこかから歌が聞こえる気がする。

 きっとこれは幻聴なのだろうけど。


【ハセガワの話】

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