第2話 承

「去年、ここで水死体が上がったんだ。セーラー服を着た、髪の毛の長い女の子だったらしい」

 川上が歩きながらぼそぼそと語り出す。

「えっ!? 」

 俺は思わず川上を二度見した。セーラー服、長い髪・・・見事に俺が目撃した子と一致している。

「発見したのは田村さんだった」

「うちの技術員の? 」

「そ」

 田村さんは大学院を卒業後、そのままここに居残った先輩だ。日焼けした浅黒い顔に痩身で長髪、おまけに口髭を蓄えているので、見た目より遥かに年上に見えるが、確か、俺よりもほんの三年だけ上だったと思う。因みにまだ独身で、俺達が向かっている対岸の寮に入っている。

「田村さんの話じゃ、朝、研究所に向かう途中に見つけたらしい。初めは藻にレジ袋が絡まって浮いていると思ったそうだ」

「まじか・・・」

「田村さんの話では、前日にもそれらしいものを目撃しているんだけど、まさか人とは思わなかったんだと。最初にそれを見つけたの、何処だと思う? 」

「どこ? 」

「岸から一番遠くにある、研究所の生簀のそば」

「そこって、俺達が担当している――」

「そう。その話、学生が嫌がるからって封印してたらしいけど、この前一緒に作業した時、ぽろっと言ったんだよね」

「聞きたくなかったな・・・」

 俺は顔を顰めた。研究所には魚種別試験区別の生簀が幾つもあり、その給餌は学生が分担して行うのだが、今の話、紛れもなく川上と俺が担当している生簀だったのだ。

「その女の子だけど、自殺だったんだ」

「自殺? 」

「ああ。ここから車で三十分くらいの所の海岸に、そそり立つ岸壁が売りの観光地があるだろ。あそこから飛び降りたらしい。飛び降り直前、ラインで家族に遺書を送っているんだ」

「あそこって、自殺の名所でも有名なとこだろ」

「うん。因みに心スポでも有名」

「あんな離れた所で飛び降りたのに、ここまで流れてくるものなのか・・・」

 俺には何となく信憑性に欠けるような気がしていた。その場所ってのが、潮流の流れが複雑で、確かにとんでもない所まで流された事があるとは聞いた事がある。

 とは言え、こんな湾の奥にまで流されてくるものなのか。

「自殺の原因って、何だったの? いじめ? 」

「見知らぬ男達に車に連れ込まれ、乱暴されたらしい。ラインには男や車の特徴が、事細かに書いてあったそうだ。女の子は、それを苦にして・・・」

 川上は沈痛な表情を浮かべると、重い吐息をついた。

「でも何で彼女が俺の前に?」

「分からん。まさか、お前が彼女を!? 」

 川上がいきなりいきり立つ。

「んな訳ねえだろ。悲しい事に、去年はお前とずっとつるんでたし」

「そりゃそうだよな・・・ありえないものな」

 俺の返事に納得したのか、川上は腕組みをしながら何度も頷き、状況を反芻した。

「さっき見た彼女、道路をじっと見てたんだ。ひょっとしたら、犯人の車を探しているのかもな」

 俺は何となく思いついた言葉を紡いだ。

「確かに」

 川上が低い声で唸った。

「俺、何となく思ったんだけど」

「何? 」

「あの子、ここで拉致されたんじゃないかなって」

 俺は眼を細めると、道行く車をじっと見据えた、

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