特異点から失礼
神崎と細川、そして他二名の知らぬはるか上の夢から一人の男は落ち続けていた。
おそらく現実でなら探偵をしているだろう男が。
穴が開くと二人は驚愕する。
そこがアパートの部屋ではなく宇宙空間であったからだ。
神崎と細川は咄嗟に口を塞ぐ。しかしそんなことで宇宙空間は生き残れない。もっとも現実の宇宙ならだが。
「息が‥出来る!細川さん、息出来ますよ」
神崎の声を聞き、細川は困惑する。
(何故声が聞こえるの?それに息も)
宇宙を知っていればこそ、困惑は大きなものとなる。神崎は単純に気にしてないだけだ。馬鹿と言うわけではない。
細川は神崎と違い、気にしないようには出来ないらしい。
「はぁはぁ、‥‥そうですね」
細川は少し顔色を悪くする。
「大丈夫ですか、細川さん」
神崎が側に駆け寄る。
「ええ、少し驚いただけで」
細川は心配させまいと笑顔を作る。しかし神崎にはその笑顔は通じなかった。
「座って休んでください。幸い周りに人はいませんし、どこかの星の上ですから」
宇宙空間と言ってもあくまで夢だ。真空や温度、重力やらは上の誰かが夢見ず消した可能性もあるが。
宇宙空間と化した部屋の住人は二人が来たというのに現れない。
「ではあの岩陰に」
そういい、二人は岩陰に隠れる。神崎が外を見張る。
「そういえばこの部屋の人、居ませんね」
その言葉に細川は考え出す。頭を動かせば困惑を忘れられるからだ。
(宇宙が広いからか?いやこの部屋の変貌ぶりからするにここの住人は上の者と通じている。とすると私たちの様子見か)
細川は徐々に落ち着きを取り戻す。
「おそらく様子見をしてるのでしょう。でなければわざわざ梯子など用意しないと思います」
「とすると様子見しているのはこの部屋より一つ上の方になるのかな、それに多分立場はこの部屋の人の方が下ですね」
「そうなりますね。わざわざ上の者と敵対する意味もないですから」
岩陰で二人は一時休憩を取る。
「来ました。二人」
部屋の男が報告する。
「そうか。では行ってこい」
「はい。行ってきます」
神崎と細川が休憩を行い始めて十分ほどが経った。
「細川さん、そもそもここは宇宙のどこなんでしょう」
神崎は先ほどから星を眺めていたが、これが理由だった。
「星の位置を見てるんですけど、今一つ分からなくて」
細川も星を見上げてみる。
星は大気が無い故か、とても澄み、良い色をしている。
「そうですね‥、地球が、見えれば早いのですけど」
地球が目印に出来ればと細川は思ったがどうにも青い星は見えない。
「やはり見えませんね、困りました」
細川が悩むが、神崎は依然として星を眺めている。
「どうしました?」
「いや、宇宙で星を見るのは初めてで、とても綺麗だなと」
「大気が無く、星からの光が揺らぎませんし、ハップル宇宙望遠鏡なんかも宇宙にあるから画像が綺麗といいますからね」
二人は星を眺める。その瞳は星の光に釘付けで、二人だけの時が出来たようだった。
突如、時空が曲がり始める。
二人の近くの大質量天体が崩壊を始め、ブラックホールを形成し始めたのだ。
「細川さん!手を」
「はい!」
神崎は手を伸ばし、細川はその手を取る。
絶対に離さないという様に、二人の手には力が入る。
シュバルツシルト半径を下回った天体が重力を無限大にし、ある点を作る。
夢故か、物理法則も働かないがなんとか二人は踏みとどまる。
その時、事象の地平面、観測の可不可を別ける境界を越えた先の特異点より一人の男がやってきた。
「ようこそ。お越しになった。特異点から失礼」
二人を見つめ、笑みを浮かべながら。あくまで礼儀正しく。
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