上を目指して
「下から来ます。二人」
神崎と細川、その二人が向かう上の部屋で、ある男が上を見上げている。
その声を聞き届けた誰かは静かに返す。
「止めなかったのか?」
その声に怒りはない。しかし男に冷や汗をかかせるには十分だった。
「いえ、どうやら彼らは行動を夢見られても問題ない様で」
このことは男にとっても、声の主にとっても予想外だった。
「夢の中で自己意識を持ったということか」
声の主はしばらく黙り、思案する。
「では、夢を変えるとしよう。そうだな、こんなのはどうだ?」
言い終わると同時に男の部屋は作り替わる。
無機質な部屋はたちまち広大な宇宙空間へと姿を変えた。
「ありがとうございます。安心してください、貴方のもとには行かせませんから」
その声に返答はなく、ただ静まり返った宇宙に佇む男が一人。
「細川さん、言いにくいんですが言ってもいいですか」
そういう神崎の手元には刃の無いカッターナイフが握られていた。
「カッターナイフの刃、無くなっちゃいました」
天井に穴を開けることにそもそも用途が向いていない。そんなもので無理に開ければ刃も無くなる。
神崎は申し訳なさそうに下を向く。
「まあ、大丈夫ですよ」
どうにか神崎を慰めるようと細川は軽く微笑む。
「‥すみません。迷惑かけちゃって」
「気にしないで。あなたのせいじゃないから」
「‥‥」
神崎は黙ったままだが、先ほどより表情は柔らかくなったように細川は感じた。
細川は何か代わりになる物はないかと辺りを見回す。すると棚の上にのこぎりが見えた。
(のこぎり‥、何故あんな場所に、というかいつからあった?)
「神崎さん、ちょうどのこぎりがあります。これを使いましょう」
(誰が寄越したか分からないが、ある以上は使わせてもらうとしよう)
「気を遣わせてしまったようで、すみません。もう大丈夫です!」
神崎は普段の明るさを取り戻す。彼の笑顔に細川も釣られて笑みを浮かべる。
「上に行くなら梯子が要りますかね、行き来のために」
上に行くなら下に戻る道も要る。
「梯子‥、あいにく私の部屋にはないね」
「僕の部屋にも無いんですよね。縄でも垂らします?」
二人してどう行き来するかに頭を巡らせる。
(もしかしたら)
細川にある考えが浮かぶ。
「神崎さん、一度部屋へ探しに行ってもらえますか?」
「えっ、‥あっ!そういうことか。分かりました」
神崎は急ぎ自室へと戻っていく。
どたばたと探し回る音が両部屋に響く。
しばらくすると穴から神崎が上がってきた。
「すみません、手を貸して下さい!」
二人は下の部屋からある物を持ち上げようとする。
「せーの、で上げますよ、‥せーの!」
穴から持ち上がったのは梯子。ちょうど天井までどうにか行き来は出来そうな折り畳み式だ。
「やはりありましたか」
細川は予想の的中に嬉しくもあったが、それ以上に危機感を抱いていた。
「もしかして上の人たちが関係してますか、この梯子」
神崎が少し不安の混じる声で聞く。この梯子に、先ほどののこぎり。これらは二人ともあることを知らなかった。しかし気づけば部屋に置かれていたのだ。
「ええ、おそらく。こちらが上に向かおうとしているのを知っているのかも」
夢見られているのだから当然なのだが、ここまで道具を揃わせるのはむしろ来いと言われている気がして、細川は何だか寒気がした。
(仮に私たちを迎えているのなら、おそらく上の者も夢見られていることに気づいているはず)
下の部屋に道具を出せるほど夢見れるなら、自身が細川たちを夢見れると気づいている必要がある。
神崎と細川は今までこの夢関係を気づいていなかったし、夢見れば下の部屋が変わることも夢見ていると意識するまで出来なかった。それまでは漠然と誰かになった夢だと感じていたから。
「‥そうですか。でも梯子を用意してくれたのなら歓迎してくれるのでは」
神崎は明るく言うが、内心は不安と期待が入り混じっていた。
(いざとなったら細川さんを守ろう)
両者が同じことを決意した。
「では行きましょうか。細川さん」
そういうと二人はのこぎりを持ち、上に向かって穴を開いていく。
こうして新たな夢への一歩を二人は歩み出した。
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