第5話

 例により食堂を訪ね、カウンターの端に収まる。この向こうは厨房で、後ろは物置。正面には店主が睨みを利かしていて、薄暗い話をしても問題は無い。

 また場所柄、ここではそこかしこで出る話題だ。

「要は、リスクの問題だ。魔物を殺してアイテムを手に入れる事は出来るが、高額で換金出来るとは限らない。ただ人を襲えば、そいつの持ち金は手に入る」

「それは冒険者のやる事か」

 憤懣やるかたないといった風情のダークエルフ。

 俺も駆け出しの冒険者だった頃は、こういう感情を抱いていたと思う。今でも冒険者狩りなど、最も唾棄すべき存在。魔物の方が、余程親しみを覚えるくらいだ。

 ただ同時に、そういう輩がいなくならない事も理解している。誰しも、その立場に身を落とす可能性がある事も。

「今日は随分重いね」

 俺達とは対照的に、陽気な調子で近付いてくる勇者。その体を装っている、という感じだが。

「ちょっと、冒険者狩りについてな」

「ああ」

 勇者は笑顔のまま。彼女はその表情を崩さず、ダークエルフの隣に腰を据えた。

「ギルドとしても、軍としても、国家としても。常に取り締まってはいるんだけどね」

 彼女の立場からすれば、俺よりも色々な情報が入ってきているはず。知りたくもない情報も、また。

「若い子達が犠牲にならないよう、努力はしているよ」

「お前が悪いとは言ってないさ」

「僕にも立場という物があるからね」

 勇者の立場か。

 ダンジョンを制覇し、誰も手にした事の無い秘宝を得て、魔王の軍勢を壊滅させる。

 ダークエルフはそんな事を考えているのだろう。

 だがそれは世間が求める勇者の一面にすぎない。

 ギルド、軍、そして国家。それぞれの視点で動き、役割を求められ、果たしていく。

 冒険者狩りは治安を乱す物ではあるが、国家からすればつまりは野盗の類い。単なる犯罪者でしかない。

 決して自分達の仲間であったはずの、それぞれの夢を追っていたはずの存在では。


「・・・・・・今日は時間があるから、少し飲もうか。君は、果実水?」

「あ、はい。未成年なので」

「真面目で良い事だよ。無理して飲んで、良い事は無いからね。ほら、隣町のギルドで無理矢理勧められて」

「ギルド長が睡眠薬を混ぜてきたあれか。あの時あいつに、樽ごと飲ましてやったよな」

 勇者の話に乗っかる俺。

 そんな俺を叩いてくるダークエルフ。

 こんな時がいつまでも続けば良いと、昔も思っていた。今もまた、それは変わらない。

「ただこいつに憧れるのなら、武器が違うだろ」

「僕の事?」

 そう言って勇者が触れたのは、両手剣の束。それもかなりの大ぶりで、並の男なら持つ事もままならない。

「でも私は勇者様が、基本素手で戦うと聞いてました」

「素手」

 顔を見合わせる、俺と勇者。

 いや。ここは大人しく、黙って話を聞こう。

「その拳で大蛇の喉を突き破り、ひとたび組み付けば巨人をも投げ飛ばす。・・・・・・違います?」

「違わないよ、勇者一行としては」

「良かった」

 なんとも天真爛漫な笑顔。

 確かに、間違いでは無いな。

「ただ素手で戦うのは危ないから、剣の練習をしろ」

「結構過保護だね、君」

「そうかな」

「そうだよ」

 今度は勇者が、楽しげに笑う。

 俺はげしげし脇腹を突かれ、何も楽しくは無いが。


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