第6話

 それからしばらくの後。

 薬草採取は卒業し、初めてダンジョンへ潜る日が訪れた。

 浅い階層ならこいつの腕でも問題無いし、装備もそれなりに揃っている。

 ただ俺もダンジョンは久し振りなので、ちょっと緊張というか気分が高揚してしまう。

「これは魔力で稼働するランタンで、小さいから腰に下げて歩く事が出来るんだ。昔はこれが大きくて、邪魔だし、たまに暴発するし」

「ちょっと落ち着け」

 たしなめられた。また年寄りがはしゃいでいると思われたようだ。

 とはいえ俺からすれば、冒険者としての道を改めて辿っているような物。つい盛り上がってしまうのは仕方ない。

「潜るのは良いが、結局何をすれば良い」

「森の時と変わらん。薬草が鉱石や素材になっただけで、後は魔物がどろっとした奴とかになるくらいか」

「どろっ?」

「この辺にいる奴なら、最悪ランタンをぶつければ倒す事が出来る」

 ランタンの値段を気にしなければだが、その辺は言わないでおこう。

これ1つ買うのに、昔は数ヶ月掛かった事を思い出す。それを全員が立て続けに割ってしまって、しばらく空気がギスギスしたのも今となっては良い思い出だ。

「にやついている暇があったら、素材を探せ」

 相当むかつくが、言っている事はもっとも。本当、最近はどっちが指導しているか分からなくなって来たな。

「・・・・・・これは」

 ダークエルフが差し出してきたのは、赤みを帯びた透き通った石。ランタンにかざすと、彼女の姿がぼんやりと映る。

「見た目は綺麗だが、ガラスみたいな物だ。カゴ山盛りにすれば、1食分くらいにはなる」

「どうして分かった?」

 考えもしなかったとは答えず、意外と真剣にこちらを見ているダークエルフと改めて向き合う。なんだかんだと言って真面目というか、学んで自分の物にしようという姿勢が常に感じられる。

 もう少し飽きっぽいかと思ったが、昔の俺達よりは優秀なようだ。

「手触りと、見た目に対する重さ。光にかざした時の透明度。取りあえずそれは、持ってれば良い。本物を見つけた時に比べれば、その内見分けが付いてくる」

「分かった」

 小さく頷き、壁面に視線を向けるダークエルフ。素材に集中しすぎるという初心者にありがちなパターンで、俺が魔物ならこの背後から狙う。

「背中にも目を付けろ」

「魔物でもないんだから、そんな事出来る訳無いだろ。本当に馬鹿だな、お前」

 取りあえず今は、俺が魔物になるとするか。


 探索する事しばし。開けた場所で、休憩を取る。冒険者の休憩場所として定番の所で、今は俺達しかいないが魔物が来てもすぐに気付く。胡乱な奴が来ても、だ。

「全然分からない」

 本物の鉱石と、ガラスっぽい石を交互に撫でるダークエルフ。とはいえこれは熟練の冒険者でも見分けられない奴もいるので、分からなくても問題は無い。

 鑑定に出した時、騙される率が下がるというだけの話だ。

「それはもう良いから、飯を食べろ」

「またこのスープか」

「手軽で安くて上手いから良いんだよ」

 このスープというのは、ギルドや酒場で手に入るスープの素を使った料理。俺が作ると大抵これを出すので、必ず文句を言われる。

「そもそもここで食べる必要はあるのか」

「言っただろ。冒険者と言えば、野営だと。俺は昼で帰るとしても、野営をしたいんだ」

「度しがたいな」

 ダークエルフは文句を言いつつ、鍋からスープを注いでそれをすすりだした。

 どうも調子が狂うというか、俺が懐古趣味に走り過ぎてしまう。とはいえ俺と同レベルの冒険者がこの階層を探索する事はまず無いので、この辺は許してもらいたい。

「お前の好きな勇者も、隙あらばこのスープを作ってたぞ」

「そんな訳無いだろ」

「あるんだよ。味というよりは、荷物を減らして栄養が採れるからだろうが」

「・・・・・・どうやって勇者様と知り合って、冒険する事になった?」

 唐突な質問。

 そう言えば、話した事がなかったな。

「大した理由じゃない。同じくらいの時期に冒険者になって、ダンジョンや依頼先で出会う機会が増えて。そういう連中と組んだり別れたりしている間に、勇者パーティーとか呼ばれるようになった」

 パーティー自体は今でも一応存続していて、他の連中は王宮勤めだったり魔術師ギルドの幹部だったりする。

 俺にもその手の誘いはあったが、単なる冒険者でありたいという希望は勇者の仲間としてはそぐわなかった。少なくともこの国はそう考え、俺は身を引いた。

彼女達の立場と俺の状況を考えれば、勇者パーティーから追放されたと世間が思うのも無理はない。

「俺はああいう、気の良い連中と出会って冒険する事が出来た。お前も早く、そういう仲間を見つけるんだな」

「あ?」

 突然、殺すみたいな顔で睨まれた。良く分からないが、機嫌を損ねたようだ。というか、こいつの思考が分かった試しもないが。

「まずはその目付きを直せ」

「これは生まれつきだ」

「度しがたいのは、お前の方だろ・・・・・・」


 何か言おうとするダークエルフを手で制し、空になった鍋を手早くしまって火の始末をする。少し前にここから立ち去ったと思えるくらいには。

 こういう振る舞いをする俺の意図にはすでに慣れているのか、ダークエルフも短剣に手を掛けて構えを取っている所。

 冒険者らしくなってきたと感心しつつ、移動するよう手で合図をする。

 広場を抜けて岩陰に隠れていると、声と共に人の姿が見えてきた。

 豪奢な鎧と派手な武器。実戦向きではないが、価格は張るだろう代物だ。見た感じ貴族で、それも相当の身分のよう。

 貴族の道楽かと思いつつ、奴らが広場を通り過ぎるまで身を潜める。

 隠れる必要は無いのだが、それは一般的な理屈。奴らがまともな類いでないのは、一目で理解出来た。

 これこそ説明が付かない物で、逆にそれを悟れない者は冒険者を辞めるか姿を見なくなっていった。


 貴族達から遅れる事しばし。初心者をようやく脱却した風情の一団が広場を抜けていく。

「この先に宝があるって?」

「ある訳無いだろ。何度潜ったと思ってるんだ」

「地図があるんだよ。ちょっと高かったけど、隠れた通路が描かれてる」

 やがて彼等の姿も見えなくなり、考えを巡らせつつ自分の装備を確認する。特に不備は無く、後は連中の出方次第で対応を随時帰れば良い。

 そう考えて後を付けようとしたところで、こいつの存在に今更気付く。

 いや、待てよ。

「どうした」

「ギルドに戻って、報告をする」

「さっきの、貴族風の連中か」

 察しが良いな。それも、嫌なタイミングで。

「今通った初心者風のパーティーは、おそらく騙されてここに来ている」

「なんのために」

 散々話した事だが、この辺は人の良さが如実に表れる。その方がまともなのだが、それは一般的な常識の話だ。

「言っただろ。冒険者を襲うのは、魔物や獣だけではないと」

「・・・・・・だとしたら、ギルドへ戻ってる場合ではないだろ」

「場合ではないんだが、連中は装備も揃ってるし人も多い」

「だからなんだ」

 真っ直ぐな目で俺を見据えるダークエルフ。何の疑いも迷いもなく、真っ直ぐと俺を見る。

「正直俺1人ならどうとでもなるんだが、絶対余計な事をするなよ」

「時と場合による」

「・・・・・・俺の後ろで大人しくしてれば良いんだ。とにかく、後を追うぞ」

「任せろ」

 俺の前を行こうとするダークエルフの襟をつかみ、後ろに放り投げて走り出す。こいつの前世は、絶対猪だろ。


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