第21話
古城へと戻った悠希はルシュフに報告を済ませたあと、糖分補給の為に許可を得て調理場でクッキー作りをしていた。
「……どのくらいのタイミングで行けば即位式見られるのかな?事後処理とかありそうだし…お祝いの品とかはどうしよう…お金はそんなに持ってないし、手作りのお菓子を渡すのもな…」
悠希はクッキー作りの手を緩めることなく独り言のように呟いた。
「……いい匂いっすね」
どうするかを考えながらもクッキーを完成させ、皿の上に綺麗に盛り付けていた悠希の耳に大輝の声が聞こえてきた。
「あ、目が覚めたんで…ってあれ?獣耳?」
悠希はその声を聞いて大輝へと目を向けた。すると大輝の頭には獣の耳がはえていて悠希は驚いたように声を上げた。
「薬を飲んだあと暫くはこんな感じなんっすよ。尻尾もあるんっすよ」
大輝は自分の尻尾を掴み、悠希に見せるように少しだけ前に出す。
「それよりルシュフさんから何があったのか聞いてるっす。ご迷惑をかけたようで申し訳ないっす」
そしてその後直ぐに尻尾から手を離した大輝は謝罪の言葉を口にする。
「いえいえ。俺、あんまり役に立ててなかったんで…薬の入手が出来る前に紛失した薬を飲ませることで事なきを得てますし…」
悠希は謙虚な対応を見せる。
「謙虚にならず誇っていいっす。紛失したと思われていた薬の為にクロの気配を察知してくれたじゃないっすか。それに件が片付く方向に持っていく為の橋渡しを悠希がしてくれたとも聞いたっす。もし悠希がその役目を引き受けてくれなかったら今は凌げたとしても後々困っていたっす。感謝しているっす」
大輝はそんな悠希を力説するように褒めた。
「…なら誇ります。少しだけ」
悠希は褒められたことで少しだけ照れくさそうにしている。
「…それでその…それ、分けてくれないっすか?」
大輝はこちらが本題だと言わんばかりにクッキーを手で示した。
「え、これですか?」
悠希は大輝の手を追うように目線を動かしてクッキーを見たあと、大輝へと視線を戻した。
「はいっす。延命処置の為に仮死状態だったんっすけど目が覚めたら小腹が空いちゃって…」
大輝は答えながらクッキーを示す手を下ろした。
「それなら全然食べていただいて大丈夫です!でもクッキーでお腹膨れます?何か作りますか?と言ってもお菓子系以外の料理は何故か甘々になっちゃうのでお口に合うかわかりませんけど…」
悠希は頬をかきながら苦笑する。
「甘い物は頭を使うのに頭を使うのによく食べるっすけどお菓子以外の料理…カレーとかハンバーグとかが甘いってことっすよね?それはちょっと…」
大輝は少し考えたあと答えた。
「それならパンケーキ作りますよ。クッキーよりはお腹にたまるはず…このクッキー食べながら待っててください」
悠希は近くにあったテーブルの上にクッキーが乗った皿を置いたあと、パンケーキ作りに取り掛かった。
「……今思ったんですけどライフラインとか無いみたいなのに電化製品とか使えるの凄くありません?」
悠希は慣れた手つきでパンケーキを作りながら口を開いた。
「あー…それは精霊の力っすね」
大輝はクッキーへと手を伸ばし、一枚取る。
「精霊?」
悠希は手を止め、大輝へと目を向ける。
「そうっす。精霊の愛し子で契約者のお一人なんっすけどそのお方が精霊たちにお願いしているっす。力を貸してあげて欲しいって…こっちもそのお方に精霊を酷使しないようにって口が酸っぱくなる程言われているっす。会った事ないっすか?」
大輝は答えたあと、手にしていたクッキーを口の中へと入れた。
「…知らないですね。精霊の愛し子が存在するって話は聞いたことあるんですけど契約者で知っているのは天月さんと琅さん、空さんだけなので」
悠希はその返事を聞いた後直ぐに自分の手元へと視線を戻した。
「そうなんっすか。多忙で神出鬼没なお方なんっすけどそのうち会えるんじゃないっすかね?ルシュフさんと仲良いですし、この古城に自然豊かな部屋あるじゃないっすか?あそこで精霊と遊んでいる時もあるみたいっすし…居心地いいみたいで精霊多いみたいなんっすよ。あの部屋」
大輝はクッキーが好みの味だったのか次々と頬張り始める。
「なら楽しみにしておこうかな」
それを聞いた悠希は期待に満ちたような顔をし、パンケーキ作りを再開した。
「……お待たせしました」
ふわふわのパンケーキを完成させた悠希はそれが乗った皿とフォークを大輝へと差し出した。
「ありがとう!」
既にクッキーを半分以上食べていた大輝は目を輝かせ、それを受け取って食べ始めた。そんな大輝を見て悠希は微笑んだあと、最低でも月華の分のクッキーは残そうと残りのクッキーを分けて食べ始める。
「…あ、あの」
悠希が自分の取り分のクッキーを…大輝がパンケーキをもう少しで完食するというところで控えめな清香の声が聞こえてきた。大輝と悠希が食べるのを止め、目を向けると中には入らずに潤んだ目でこちらの様子を伺うように立っている清香の姿があった。
「あ、さっきはありがとうっす。どうしたっすか?ロマリアに何かされたっすか?」
大輝はフォークを置き、そんな清香へと近づいていく。
「えっと…ライト見てませんか?どこにもいないんです…」
清香は食事の邪魔をしてしまったと少しだけ申し訳なさそうな顔をしている。
「残念ながら見ていないっすね。悠希は見たっすか?」
大輝は答えたあと、悠希へと目を向ける。
「帰ってきてから一度も見てないかな…」
悠希は首を横に振り、答えた。
「いつからいないんっすか?」
大輝はそんな悠希をみたあと、再び清香へと目を向ける。
「わかりません…貴方が目を覚ましたあとライトの部屋に行ったんです。でもライトはいなくて…探しても見つからないし、他の人に聞いても知らなくて…」
清香はライトのことが心配で俯いてしまう。
「…クロ、いるっすよね」
大輝はその話を聞いて静かにクロを呼んだ。すると人型のクロがライトの背後に気配なく突如として現れる。
「クロ、ライトのこと見てないっすか」
突然現れたライトを見て清香は驚き、気配が読めなかったことに悠希は若干の動揺を見せたが、大輝はいつもの事だとクロへと目を向けることなく冷静に口を開いた。
「あの男なら吸血鬼たちに連れていかれたよ」
クロは素直に答え、それを聞いた清香は思わず口を手で押さえる。
「っ…なんでっすか!なんでっ…俺が動けない時はちゃんとこの城の人たちを守るように言っておいたのにっ!」
大輝は勢いよく振り返ってクロへと目を向け、そして胸ぐらを掴んで凄い剣幕で怒鳴った。
「あれは大輝を害した。故に助けるに値しない」
クロは平然とした顔で答える。
「殴ったことを言っているんっすか?あれは不可抗力っすよ!」
大輝は睨みつけるようにクロを見つめる。
「…殴った事実に変わりは無い」
クロは悪びれた様子もなく大輝を見つめた。
「…探しに行くっす」
大輝は静かにそう言うとクロの胸ぐらを離した。そしてその後すぐに残りのパンケーキを口の中へと押し込んだ大輝は部屋から出ていこうと動き出す。
「ま、待ってください!何処にいるかわからないのに無闇に動くのは…病み上がりでもあるのに…」
そんな大輝を制止しようと悠希は声をかけた。
「心配ありがとうっす。でも情報なら恐らく悠希が助けた女の吸血鬼が持っていると思うっすから話を聞きに行くっす」
立ち止まり、悠希へと目を向けた大輝は答えると再び動き出した。
「…ちゃんと連れて帰ってくるっすから」
そして部屋の外で泣いている清香に声をかけると大輝は負担にならない程度の速度で去っていき、クロはそんな大輝のあとをカラスの姿になって追っていった。
「…これ。不安で食欲わかないかもしれないけど月華ちゃんと一緒に食べて」
そんな二人を見た悠希は少し考えたあと、自分も話を聞きに行こうと動き出した。その際、悠希はクッキーの乗った皿を清香に押し付けるように渡し、清香はそれを泣きながら受け取ったのだった。
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