第22話
目を覚ましたライラは逃げる気がないのかベッドの上にいて上体を起こし、ササがかぶっていた帽子を思いふけったように見つめていた。
「失礼するっす」
大輝は声をかけながらも無遠慮に扉を開け、中へと足を踏み入れる。
「単刀直入に聞くっす。彼は…ライトはどこっすか?」
そしてライラがいるベッドの近くで立ち止まった大輝は直ぐに問いかける。
「…答える義理はないわ」
大輝が入ってきた時点で横目で大輝のことを見つめていたライラは答えながら視線を逸らした。そんなライラを見て大輝は思わず眉間に皺を寄せる。
「でも…あの子は少しだけ気に入っていたの。だから特別に答えてあげる」
だがライラは直ぐに口を開いた。
「あの子は吸血鬼たちが住む国の城にいると思うわ。連れ戻されたのよ。血筋の為に…」
そしてライラは手元にあるササの帽子を見つめながら答えた。
「血筋…?」
だは意味がわからないといった表情をし、ライラを見つめる。
「……王がね。もう王を望めないからだらしいの。ハーフとはいえあの子は王族の血を引いているもの。だから連れていかれたの。王家の血を残す為に…」
ライラはササの帽子を撫でながら静かに答えた。
「っ…少しだけ…少しだけでも気に入っていたのならなんで黙っていたんっすか!助けてくれたり、前にあった時に伝えてさえくれて入れれば未然に防げたかもしれないっすのに」
大輝はこちらを見ないライラに苛立ち、思わず胸ぐらを掴んでしまう。
「あの時は貴方がここの城の住人だとは知らなかったし、どうでもいいことだもの…それにあの女やあの子を逃がした上に連れ戻すことも出来なかった私は信頼を無くし、家名を剥奪されて何もかも失っている。話なんて聞いてはくれないわ。森で暴行を受けていたのがその証拠よ」
ライラは全てを諦めた顔をして大輝を見つめた。
「…ちょっと連れ戻しに乗り込んでくるっす」
大輝はライラの胸ぐらを離し、クロへと目を向ける。
「…では私も」
部屋の中にあった棚の上に止まり、やり取りを見ていたクロは大輝の肩に乗ろうと翼を広げ、飛ぼうとした。
「俺一人で大丈夫っす。それより俺に変身して空のケアをお願いするっす。きっと心配させてると思うっすから」
大輝は準備運動のように軽く体を動かし始める。
「変身するのはかまわない。だがバレた時に精神的負担が多いと思われるが…」
クロは翼を広げるのを止め、じっと大輝を見つめる。
「クロの変身技術は凄いっすから大丈夫っす。行ってくるっす」
大輝はにぃっとクロに向かって微笑みかけると窓へと駆け寄った。そして勢いよく開け放つと大輝はそこから外へと出ていってしまう。クロはそんな大輝を見送ったあと、床へとおりて大輝へと姿を変える。
「……大丈夫なんでしょうか?一人で行かせて」
部屋の外で話を聞いていた悠希は何処か不満そうにしながらもクロへと声をかける。
「連れ戻すくらいなら大輝一人でも事足りると思うっすよ。薬を飲んだ直後の大輝は強いっすから…やりすぎるとまた仮死状態に逆戻りっすけどあちらで薬を貰えるって話しっすし…問題は空の方っす」
クロは大輝の口調を真似して答えるだけでなく声までも大輝の声そのものだった。
「空さん?」
悠希はそんなクロに違和感を感じながらも問いかける。
「俺と…大輝と空は親友っす。二人は仲良く神隠しにあってこの世界に来たんっすけどその時、大輝は空を庇って瀕死の状態になったっす。そこを主の…琅の眷属になることで救われたっす。なんで仮死状態になるまで力を酷使したなんて空に知られたらデリケートである花族は気に病んで頭にある花に悪影響が出て最悪花が枯れて死んでしまうことになるっす。例えそれが寿命が無くなった神との契約者であったとしても…だから空に知られないようにしなきゃいけないっす」
クロは大輝になりきると分かりにくくなるため、第三者視点で説明をする。
「…なるほど。なら協力します」
その話を聞いた悠希は納得したように頷いた。
「…そうとなれば俺、外の見回りをしに向かうっす。この中にいるよりバレる心配がないっすから」
クロは完璧に大輝になりきり、部屋の窓を閉めてから人らしく扉から部屋の外へと出た。悠希は窓から外に出ないのかと思いながらもそんなクロのあとを追おうと動き出そうとしたが、ふとライラのことが気になりライラへと目を向ける。ライラは何処か寂しげに目を伏せており、悠希はそんなライラになんて声をかけていいのかわからず、クロのあとを追いかけ始める。
「…大丈夫でしょうか?」
悠希はちらちらと後ろを振り返りながらクロについていく。
「知りませんっす」
クロは歩きながら興味がなさそうに答える。
「知らないって…大輝の嫁候補にって考えていたんじゃ」
悠希は素っ気ないクロの態度に思わず足を止め、クロの背中をじっと見つめる。
「……確かに嫁候補にと考えてはいたがあまりにも生気がなくてつまらない。だからあれがどうなろうと知ったことではない」
クロは立ち止まりいつも通りの声、口調で答えながら悠希へと視線を向けるようにゆっくりと振り向いた。その視線はとてと冷たく悠希は身震いをしてしまう。
「…それに大輝が興味を示さなかった時点であれはよそ者。大輝から受けている命は大輝不在時に古城の住人と森の者たちを守るだけ…よそ者がどうなろうと知ったことでは無い」
クロは煩わしそうにその目でじっと悠希を見つめ、言葉を続けた。悠希はその目を見てこれ以上、この話を長引かせてしまうと怒らせてしまい、更には戦いになった場合に今の自分では勝てないと直感し、蛇に睨まれたように動けなくなってしまう。
「…話はこれで終わりでいいっすよね」
クロは大輝の声、口調でそう言うとにっこりと微笑んで前を向き、歩き出した。目が合わなくなったことで硬直が解けた悠希はそのあとを追いかけ始める。
「あ、大輝!」
あともう少しで外に出られるというところで運悪くクロたちは空とロマリアに遭遇してしまい、空は大輝の姿をしているクロの姿を目にするなり、駆け寄ってきてロマリアはそのあとを追いかける形で近づいてくる。
「よかった…薬飲めたんだね。悠希くん。ありがとう」
クロの目の前で立ち止まり、クロの体を隅々まで確認した空は頬や獣の耳、尻尾を見てホッとしたあと、薬を取りに行ってくれた悠希に向かって深々と頭を下げるように一礼をした。
「そんなお礼言う必要ないよっ!ボクを馬鹿にしたこいつがそもそも悪いんだから!」
そんな空の背中にロマリアは飛びつくように抱きついた。
「そんな訳にはいかないよ」
なんとかその場に踏みとどまった空はロマリアへと目を向けるが、ロマリアは空の背中に頬擦りをしているだけだった。そんなロマリアを見て空は思わずため息をついてしまう。
「…空。ごめんっす。俺、今まで寝てた分の見回りをしに行かなきゃいけないんっす」
擬態は完璧だと自負してはいるがバレたら危険なのでクロはボロが出てしまう前にこの場から立ち去ろうと声をかける。
「あ!引き止めちゃってごめんね。でも無理はしないでね」
空は行く手を遮ってしまったと申し訳なさそうにしている。
「肝に命じるっす」
クロはにっこりと微笑んだあと足早にその場から立ち去り、空はそんなクロを心配そうに見送った。
「空ぁ。ボク、この人間に用事が出来ちゃったぁ!」
クロのあとを追おうと動き出した悠希を制止するようにロマリアは腕を掴みつつ空から離れた。
「え、あ、うん。わかった。でも酷いことしちゃ駄目だからね?」
空は珍しいなと驚きを隠せずにいるもののきちんと忠告をする。
「大丈夫!大丈夫!お部屋で待ってて!」
ロマリアはグイグイと悠希の手を引いて歩き出し、悠希は手を引かれるがままロマリアへとついていく。空はそんな二人の姿が見えなくなるまで不安そうに見送ったあと、自室へと向かった。
「どこまで行くの?」
手を引かれるがまま歩いていた悠希は困惑したようにロマリアへと問いかけた。だがロマリアは城の奥へと進んでいくだけで何も言わない。
「本物のヘタレ…大輝はどこ?」
奥へと進み続けた結果、全く人気のない場所へと辿り着いたロマリアは悠希の手を離しながら立ち止まり、口を開いた。
「本物も何もさっきは大輝だよ?」
悠希はクロだとバレたら不味い冷静に答えた。
「嘘だね!あいつがボクに反論せずに外に向かうなんてありえないもん!外に出るっていって早々に離れたのは空に負担をかけないようにってあいつに命じられたクロで、本物のあいつは危険な場所に行ったからでしょう?」
ロマリアは勢いよく振り返る形で悠希へと目を向ける。だが悠希は空に伝わってしまう可能性がある以上、答えていいのかわからず黙り込んでしまう。
「……空に言ったりしないよ。空が悲しむ姿を見たくないから…だから教えてよ」
ロマリアは真剣な眼差しで悠希を見つめ、言葉を続ける。
「…実は」
悠希はその眼差しを見て観念したかのように口を開き、先程の大輝はクロで間違いないこと。そして本物の大輝は王家の血筋の為、吸血鬼に連れ去られてしまったライトの救出に向かったということを手短だが詳しく説明をした。
「…なるほど。わかったよ。それなら大輝が帰ってくるまでボクが空にべったりくっついておいてあげる」
その話を聞いたロマリアは納得し、提案をする。
「本当に?それなら助かりますけど…」
悠希は控えめにロマリアを見つめた。
「ボク、空が大好きなんだっ!人気のない場所に連れてきて話を聞いたのも空に聞かれたら困ると思ったからだもん。負担かけたくないからだもん」
ロマリアはそんな悠希に向かってにっこりと微笑んだ。
「……ならよろしくお願いします」
悠希はロマリアに向かって深々と頭を下げた。
「はいはーい。それじゃボクは空の元に戻るから」
ロマリアはそんな悠希に背を向け、ニコニコしながら空の元へと向かおうと動き出す。
「…ちょろすぎ。ボクのことを簡単に信じるなんて…さてとどんなお仕置にするか検討しないと」
悠希から離れつつ笑みを解き、凄く冷めた表情になったロマリアはとても小さな声で呟いたが、その声が悠希に届くことはなかった。
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