第20話
「…貴女は何を考えていらっしゃるのですか?」
断頭台から離れた人気のない場所で立ち止まったレインはユフィへと目を向け、怒気の含んだ声で問いかけた。
「何を…って伴侶を決めただけです」
ユフィは何か問題でもあるのかと真面目な顔をして真っ直ぐレインを見つめた。
「それは私の処刑を止める為ですか?」
レインは見つめ返しながら静かに問いかける。
「それもあります。ですが私は支えてくれるのはレイン、貴方がいいのです…好きなの。大好きなの…幼い頃から姫としてではなく一人の人として見ていてくれる貴方のことが…」
だから受け入れて欲しいとユフィは懇願するようにレインを見つめた。
「っ…確かに私は貴女が産まれた頃から傍にいた。ただそれはお護りしろとの王命を受けたからだ。故に一人の人として見てもらっていたというのは錯覚だ」
ユフィの告白にほんの一瞬、レインは動揺を見せてしまうが直ぐに顔を背けるように背を向けた。
「…処刑を止めてくれたことには感謝します。ですが伴侶の件は撤回し、他の者を…シルヴァ殿をお選びください。彼は優秀な男です」
そしてレインはそれだけ言うとこの場から立ち去ろうと動き出した。
「待って!」
ユフィはそんなレインの背中に抱きついた。レインの後ろ姿を見てこのまま行かせてはもう二度と自分の目の前には現れてくれないと思ったからだ。
「命で動いていただけだというのなら何故、優しくしてくれたのです?私は遅くに産まれた子だった為に周囲は、王になる為の教育を詰め込むのに必死だったわ…ですがそんな中、レインだけは違った。叱ってくれたり、厳しい一面もあったけれど私に息抜きを与えてくれた。甘やかしてもくれた…命で動いていただけだと言うのなら必要最低限の接し方でも良かったはずだわ。ねぇ…どうして?」
その後、動きを止めたレインの背中にぎゅっと抱きついたユフィは問いかける。
「……あいつを…アルシュフォードを見ていたから」
レインは静かに答えた。
「伯父様を…?」
会ったことはないが、父であるベルサスの部屋にある肖像画を見ながらベルサスやみのりからルシュフの話を聞かされていた為、ある程度ルシュフの情報を持っていたユフィは何故ここでルシュフが出てくるのだろうと不思議そうな顔をする。
「周りから見てもあいつは完璧な奴だった。そんな奴でも王になる為の教育は見ていて辛そうだった…でもあいつは完璧だからこそその姿を周囲には見せていなかった。常に平然としていた…だから知らないんだ。皆は…王になる為の教育がどれだけ過酷なのかを…そんな教育を短期間で詰め込まれたら確実に潰されてしまう…だから…」
レインはそこまで言うと言葉を詰まらせるように黙り込んでしまった。
「それは今まで支えてくれたということでしょう?」
そんなレインに追い討ちをかけるにユフィは声をかける。
「……そうなるのかもしれないな」
レインはどこか諦めたように答えた。
「なら…ならこの先もずっと傍にいて私を支えて…?」
レインの背中から離れ、レインの前へと移動したユフィは見上げるようにレインを見つめた。
「…それは出来ない。出来ないんだ」
レインはそんなユフィの顔を見ることが出来ず、顔を背けてしまう。
「…いたっ!レインさんっ!」
どうすれば受け入れてもらえるのだろうとユフィが唇を噛み締め、レインのことを悲しげに見つめているとレインたちを走って探し回っていた悠希が息を切らしながら現れた。
「レインさん。これ…」
レインの近くで立ち止まった悠希は息を整えたあと、ルシュフからの手紙を差し出した。
「手紙?」
レインは手紙を受け取り、目を通した。そこには一言…全てを知っていてもなおユフィが受け入れてくれるのなら幸せになってもいいとおもうよ、とだけ書かれていて封筒には誰からのものか名前が書かれていなかったが筆跡で誰からのものかわかったレインはそれを目にした瞬間、何故ユフィのことを知っているのかと固まってしまう。
「…私、知ってます」
その手紙を盗み見たユフィは静かにそう言った。それを聞いたレインは我に返ったようにユフィへと目を向ける。
「お父様から聞かされました。レインが私を拒む理由が寿命にあることを…全てを知った上でレインが好きなら…レインが亡くなったあと一人で国を背負う覚悟があるのならレインの処刑を止めなさいとも言われました。ですから私は覚悟を持って処刑を止めたのです」
その後、ユフィは潤んだ目でレインを見つめた。するとレインは何故、ユフィたちが事情を知っているのかと困惑したが直ぐに元凶は悠希にあると思い、悠希へと目を向ける。
「…全てを知った上で告白してるんだから返事をしてあげないとだよ。レインさん」
悠希はそんなレインと目が合うなり、にっこりと微笑んだ。
「……私でいいのか?後悔はしないか?私はずっと傍にいて支えてはやれないからと距離をとっていた上に離れるために処刑を受け入れた男だぞ」
諦めたように小さくため息をついたあと、レインはユフィへと目を向けて問いかける。
「それでも私はレインがいい。私を思ってくれたことによる行動だもの」
ユフィは真っ直ぐレインを見つめ、答えた。その返答を聞いてレインは膝をつき、ユフィの右手を取った。
「…愛しています。ユフィ…生涯、王家ではなく貴女自身に忠誠を誓います」
そしてレインはそう宣言すると右手の甲に口付けをした。
「っ!」
そこまで強く掴まれていなかった為、すり抜けるようにレインの手から右手を離させたあとユフィは、勢いよくレインへと抱きついた。やっと想いが通じたと歓喜し、涙を流しながら…レインはそんなユフィをしっかりと受け止め、抱きしめる。
「……お邪魔のようなので一度帰ります。またあとで伺います」
そんな二人に悠希は控えめに声をかけるとその場から去ろうと目を閉じた。
「あいつに…アルシュフォードによろしく言っておいてくれ」
泣いているユフィの背を撫でていたレインだったが声をかけられたことで悠希へと目を向け、口を開いた。悠希はそれに応じるように小さく頷いたあと、眩い光と共に消えてしまう。
「…ユフィ。これから大変だろうけど今まで通りちゃんと支えるから頑張ろうな。とりあえず今回の件、きっちりと片付けよう」
悠希を見送ったレインは暫くの間、自分の腕の中で泣いているユフィを見つめていたが、そのユフィが落ち着きを取り戻してきたタイミングで声をかけ、ユフィはそれに応じるように小さく頷いたのだった。
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